後ろ手に親指同士をがっちりと縛り上げられ、正座と言うよりは跪くと言った方が正しい体勢で、ソファーに座って女王様のように足を組みこちらを見下ろしてくるノボリと対峙していた。
ああ、あるある、洋画にこんなシーンあるよねーとどこかすっとぼけたことを考えていたのは十中八九現実逃避からだ。
逃避した先の画面に浮かんでいるのは2人、私と同じ格好で拷問1歩手前の尋問かまされているガチムチ俳優と、これまた同じ格好で銃口を突きつけられ頭ぶち抜かれる5秒前な半泣き状態の俳優。
縁起でもないと笑い飛ばすには目の前のノボリの視線が冷たすぎる。

「わたくし、これでも良い恋人だったと思うのです。類を見ない程に嫉妬深い自覚がありますが、貴女にも貴女の日常があるのだからと、目の前で行われるメールや電話のやり取りも異性からもらったという贈り物も相談に乗っていたという遅い帰宅理由も、すべて許容してきました。貴女が、なまえが、わたくしだけを愛しているというその一言で」

そう確かに、今までに何度となく向けられた焼き尽くされるかと思う程の嫉妬の視線も、愛してるのはノボリだけだと言えばあっという間に鎮火して慈しむものに変わっていた。
今日はそんな言い訳をする前に、縛られ跪かされお説教タイムというより断罪タイムな現状に至っている。

いつも許してくれるノボリに付け込んで散々自由に遊び回っていたから、いよいよノボリも堪忍袋の緒が切れたってことだろう。
それはいい、私が全面的に悪いんだから。
いい加減殴られるなり詰られるなり三行半を叩きつけられるなりはされるだろうとそれなりに覚悟はしていた。

だけど、誰がこんなことになるなんて予想できただろうか。
縛り上げられて跪かされて、文字通り判決を待つ罪人みたいなこの状況、予想できた奴がいれば数日前の私をぶん殴って諭してくれと言いたい。

「惚れた弱みと言うのでしょうか、なまえからの愛の言葉を受けるとつい絆されてしまうのです。どんな仕打ちも許してしまう。ですが、それがいけなかったのでしょうね。もっと早く、こうしてきちんと躾けるべきでした」

躾って、ヨーテリーじゃないんだから。
そもそもノボリが私を見る目はそんな愛情あふれるものじゃなく、もっと憎しみや殺意といったマイナス感情よりのものに見えることをここに明言しておこう。

自分が悪いとわかっているとは言えこの異常な状況にあちらこちらへ泳ぐ視線を嗜めるように、場違いな程優しく顎をすくわれ視線がかち合う。
すくい上げたのは手なんかじゃなく足だったけど。
ちょっとぞっとするくらいにこういった圧倒的上位者の仕草が似合うんだから、流石はサブウェイマスターというか。
ボンテージと鞭でもお持ちしましょうかって感じだ。

かち合って逸らせない視線の先にある瞳は妙に濁っているようで、今なら人を殺してきましたと言われても信じられるような正気の見えなさだった。

「ねえなまえ、一緒にホテルから出てきた方は、一体何人目の浮気相手ですか?」

思わず肩が跳ねて、頭の奥から「お前の罪を数えろ」というふざけた副音声が聞こえてくる。
いやまあ事実私が犯した罪の人数を聞かれているわけだけど。
これって答えたらその数の分だけ鉛玉ぶち込まれたりするんじゃないだろうか。

「……ふ、2人目、です………っんぐ!」

人数を告げた途端に顎を伝い首筋を撫でていた足が後頭部に回り、思い切り引き寄せられた。
碌な抵抗もできずノボリの下腹部に顔面ダイブしたので、不可抗力で急所を攻撃してしまったんじゃないかと目線だけを持ち上げる。

「ん…っわたくし、嘘つきさんななまえは嫌いです。その嘘はわたくしを傷つけるんですもの」

紅潮した顔と潤んだ瞳を見て、そういえばこいつマゾっ気あったわと安心よりも絶望的な心境に陥った。
さっきからやたらぐいぐい片足で後頭部を股間に押さえ付けられて当たってる当たってると内心叫んでいたら、どうにもこれは当ててんのよ状態らしい。

こんな時になんだけど、ノボリもこういうところさえなければ非の打ちどころのない完璧超人なのに本当に心の底から残念だ。

「5人目です。わたくしと付き合ってから、貴女は5回も裏切った。いえ、回数だけならもっと多いでしょうか」
「む、んっ」
「最近の盗聴器って、随分小型になってとても便利なんです。なまえがわたくしの知らないところで危ない目にあってはいけないと思いこっそりお付けしていたのですが、そのおかげで聞きたくもない男の喘ぎを何度となく聞くことになりました。ああ、なまえの嬌声はとても可愛らしかったですよ?わたくし以外の男が出させているのだと考える度に相手をひき肉にしてやりたくなりましたけど」

ノボリが無表情に浮気相手の男を線路へと突き落すその様を想像してぞわっと背筋を悪寒が走る。
やりかねない、と言うかその状況が似合いすぎてドン引きです。

「勿論わたくしだっていい大人で人並みの常識を持ち合わせていますから、そんなこと実行に移したりなんていたしません。どのような理由があったとしても、殺人は犯罪ですもの。ただ、ねえ、なまえ、わたくしのこのやり場のない憤りは、どこへぶつけたら良いのでしょう」
「………っ」

ちょっと、冗談でしょう。
それなら私へどうぞその憤りをぶつけてください何て言えるほど殊勝な人間じゃないぞ私は。
にい、と意地悪げに歪んだ目が嬲るように私を見る。

「そんなに怯えなくても、愛しい貴女に暴力をふるったりはしませんよ。DVはいけません。大丈夫、わたくしまだ、我慢できますから」
「う、うぅ……」
「愛しい貴女、わたくしのなまえ。いつだってわたくしの悋気を治めるのは貴女の言葉と笑顔なのです。きっと今回だってそうでしょうし、賢いなまえはもう2度とわたくしを悲しませるようなことはしないでしょう?」

暗にこれ以上やるなら暴力的解決も辞さないと言われたら、誰だって一も二もなく頷くだろう。
まだ言葉と笑顔だけで治まる怒りでよかった。
ノボリの下腹部に顔を押し付けられたまま、わずかに動く頭を必死に上下させる。
口元に触れるほにゃららが質量を増したような気がしたけど全力で知らないふりをしよう。

ごめんなさい、反省しました、これからは浮気なんていたしません。
やるときは全力で隠します。

「そうですか。ではなまえ、早速わたくしのこの暴力的な思いを宥めてくださいまし」
「ふ…っはぁ……っ、ノボリ」

後頭部をしっかりと押さえていた足が離れ、やっと解放された顔を上げて謝罪と愛の言葉でも早速吐こうかと思った瞬間、再び後頭部と背中をゆるりとなぞられる。
うっとりと恍惚に潤む瞳も相まって、危機的状況を脱したとはとても思えない寒気が全身を取り巻いた。

「さあ、早く。その愛らしいお顔で、声で、勿論体を使っても構いません。わたくしに媚び許しを請うてくださいな、なまえ」

これ、本当に言葉や笑顔なんかで治まる怒りなんだろうなと嫌な想像が頭をよぎった。





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