一目惚れというものを信じる人はどれくらいいるだろうか。
恋に恋する少女なら、夢見る瞳で「もちろん信じています」と答えるのかもしれない。
だけど実際のところ、そんな都合の良いものあるわけがないと声を大にして言う人の方がむしろ多いんじゃないかと思う。
しかして私はそんな恐らくは多数派であろう人々にささやかな胸をえいと張り腰に手を当て言いたいのだ。
「一目惚れなんてそんなもん、腐るほどありますよね!」
「お前は一目惚れを貶したいんか持ち上げたいんかどっちや」
隣で自分の席に着きせっせと書類仕事をこなすクラウドさんに向けて、こちらも座っているから張るに張れない胸の代わりに握りこぶしを作って力説したら、ばっさりとやる気のないそれでいて切れ味抜群な突っ込みによって切って捨てられた。
ちらりとこちらを気にする素振りもなく、ガリガリガリガリと強めの筆圧で書類の必要事項を埋めていく姿はまさにできる男という奴で。
最低限の突っ込みを返してくれるのは彼がとても面倒見が良くて苦労人気質な優しい人だからである。
こんなに素敵なんだから私の一目惚れは間違いじゃなかったと今日も自分のときめきレーダーの正しさを再確認しながら、クラウドさんにならってのろのろと手を動かしつつ口を開く。
「どっちでもないです、ただの事実ですから。だってほら、私だってクラウドさんに一目惚れしちゃいましたし」
身近な体験談を例にして一目惚れが如何にありふれた恋の始まりであるかを説こうとすると、それを察したのかぐるりと椅子ごとこちらに向いたクラウドさんは眉間に皺を二三本刻んでいた。
「今は仕事中や、っていつも言うてるやろ。大体なまえみたいなわっかい子に一目惚れしましたーなんて言われても、純情なおっさんをからかっとんのかとしか思えんわ」
「まあ確かにクラウドさんはお歳に似合わないほど純情ですけど」
「いや反応するんそこちゃうやろ!純情ってどこのおっさんのことやねんって力一杯突っ込むところやろ!」
「だってクラウドさん、耳真っ赤ですし」
指をさして指摘すると両手で咄嗟に覆い隠そうとする姿は花も恥らう乙女もかくやといったところだ。
草食系というわけでもないくせにこの人は押し倒したくなるような仕草をちょくちょく挟んでくるんだから、もうクラウドさんったら本当にありがとうございます今日の生きる糧です眼福眼福。
そもそも私がクラウドさんに一目惚れしましたと告白するのは何も今日が初めてのことじゃないのに、律儀にこうして毎回耳を真っ赤にしてくれるんだから純情なおっさんと言われてもまあ確かにとしか反応できない。
どんな技術なのか顔には一切赤みも照れも見えないくせに、器用に耳だけ真っ赤っかなのだ。
後ろからヘッドロックかましてその耳の後ろをくんかくんかからの耳たぶをはむはむもぐもぐしたい。
「………おい、お前今ろくなこと考えとらんやろ」
「いえクラウドさんの耳をくんかくんかぺろぺろしたいってことしか考えてません」
「変態かお前は!!」
「そんなに叫ぶと血管切れちゃいますよ。いいんですか、私から下心満載な親切丁寧アフターサービスまで充実の介抱を受けても」
「ああそうか変態やったなお前は!いい加減にせんとセクハラ訴訟も辞さんぞわしは!!」
「やめてください多分私あっさり負けちゃうんで!」
若い女性社員というそう言った訴訟では俄然優位な立場ではあるのに自分が豚箱にぶち込まれるか多額の慰謝料を泣きながら工面する未来しか想像できない。
ひとえにこれまでの行いの悪さ故である。
主にクラウドさんに対して。
「でも、ですよ。話は戻りますけど、一目惚れから職場にまで就職して追っかけてくるんですから私中々に根性あると思いません?からかうのに一生をぶち込むほど気合い入ってませんよ、心外な」
これだけは譲れないとばかりにじろりと睨む。
バトルサブウェイの利用客としてクラウドさんに会って、心臓が壊れたのかと思うぐらいのときめきを経験した私はその日から猛烈なアタックを開始した。
始めは年の功でのらりくらりと交わしていたクラウドさんも、あまりにしつこい私のラブコールに仕舞には「おっさんからかうのもいい加減にせえ」だの「お客さんに手出すわけないやろ鉄道員馬鹿にしとんのか」だの中々に辛辣なお言葉を向け始め、ならばと私は自ら鉄道員になってクラウドさんに見合うだけの自分を手に入れようとしたのだ。
恋は盲目、偉大だとは言うけれど、こうして振り返ってみると我ながら立派な粘着ストーカーっぷりである。
クラウドさん、よく今までジュンサーさんに突き出さないでいてくれたなあ。
今現在の同僚には何度か「ジュンサーさん呼ぶぞ!」って脅されたことあるけど。
「一目惚れに一生ぶち込んどる時点で相当気合い入っとるわアホ。なまえがわしをからかおう思てんなこと言うとるわけやないことくらい、ちゃんと知っとる。言葉の綾じゃ、クラウドさん見くびんな」
「く、クラウドさん………っ!」
あまりの格好良さに感極まって思わずその程よくお肉が付いた腰に抱きつこうと椅子から飛び出したところで、「調子に乗んな!」とおでこに全力のチョップをいただきダイナミック着席した。
「わしのタイプは大和撫子で三歩下がって夫の影を踏まんような奴や!お前みたいな夫の影踏むどころかルパンダイブ平気でかましそうな暴走列車、範囲外じゃボケ!もちっとしとやかさを身に着けて出直してこい!」
「えっ、それはつまりおしとやかになったらお嫁さんにしてくれるってことですか!?」
「なあボスこの馬鹿回送電車に括り付けてカナワ送りにしてもええか」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる私たちには目もくれず書類に向かうボス以下同僚の皆々様は、クラウドさんのそんなぶっそうな言葉にようやく顔を上げた。
我らが上司の1人ノボリさんは呆れというか辟易というか、そういった「またかよお前らいい加減にしろ」という負の感情をこれでもかと視線に込めながらため息をひとつ吐いた。
「馬鹿でも職員が減るのは困りますのでその提案は非常に魅力的ですが却下です。文句ならなまえを採用した人事に書面で提出なさい」
「んなあからさまに面倒くさそうに適当なあしらいせんといてくださいよ」
「だって面倒くさいんですよ。どうせ回送電車でカナワに送りつけてもきっとその馬鹿、もといなまえはクラウドの下に帰ってくるでしょうし」
同意を求めるように意味ありげな視線を送られて、当然ですと胸を張って応える。
いくらうんざりしたような反応を返されたって、這いずってでも私はクラウドさんの傍へと戻るだろう。
「あんたの旅もここで仕舞いやな。わしがあんたの終着駅や」
そう言ってくれたのはクラウドさんの方だ。
鉄道員にそれぞれ与えられたお決まりの文句だけで見事に撃ち落されて、この人が私の終着駅なんだともう決めてしまった。
「暴走列車はちゃあんとクラウドさんっていう終着駅に戻るようできてるんですから!」
「終着駅やのうて車両庫に帰れ」
「車両庫って、意訳するとクラウドさんのお家に帰っていいってことでファイナルアンサーですか!?」
「なあボス」
「却下です」
誰が呟いたのか、「平和だな」という一言がこの現状を正しく表現していた。
正しく、ギアステーションは本日も平和なり、である。