背中から伝わる熱よりも、腰に回された腕よりも、耳元にそっと囁かれる声に何よりも快感を覚えてしまう。
言葉は何でも良い、呟きでも、挨拶でも、どんなささやかなものでも構わない。

ただ艶のある声が向けられるだけで、ぞくぞくと気持ちの良い身震いが全身を巡る。

「ただいま、って言っただけなのに。気持ち良くなっちゃったの?」
「ふあっ」

くすくすと笑い声が鼓膜を震わせて、抱きしめられたままの体が跳ねた。
仕方ないじゃない、そんな良い声をしておきながら反応するなって方が無理だ。

「相変わらず敏感なお耳ですねえ。貴女、囁かれただけでイってしまうんじゃありませんか?………ねえ?」
「ひっ、ノボリさ、ぁ…っ!!」

クダリさんとは逆の耳元へ顔を寄せたノボリさんから、ふう、と囁くように吐息をかけられ腰から砕けそうになる。
崩れ落ちることも許してもらえず、前から抱きしめる形になっていたノボリさんの膝に股間をぐっと押し上げられた。
直接的な快感に思わず口が開き背が反り返る。

与えられる感覚を馬鹿正直に受け止めて反応を返す私に、ノボリさんがくつくつと含み笑った。

「おやおや、可愛らしい」
「ノボリ、あんまりいじめるのよくない」
「いじめるだなんてとんでもない、愛でていただけですよ。なまえだって、たくさん囁かれた方が嬉しいでしょう」
「ん、ぁう」
「ほら、こんなにも溶けた顔をして」

ちろりと唇を舐められ嬉しいでしょうと再び促されて、こくこくと子供のように首を上下させる。
嬉しいのは本当だ。
2人の声はとても気持ちが良い。
私はこの声を、声を持った2人を、愛している。





2人の帰りが待ちきれず、正確には「ただいま」のその一言が待ちきれずに、就業時間ギリギリを狙ってギアステーションを訪れた。
それはよかったのだ、私の思惑通りに2人と遭遇し、いつもより早く聞くことができたあの声に体が痺れるような感覚を現在進行形で味わえている。

けれどまさに2人と帰ろうとしたその時、慌てて書類にサインを求めてくる人がいて、さらには紹介までされるなんて完全に想定外だった。
ノボリさんたちを引き留めようとする声にぞくりと背筋が震え、嫌な予感から髪を抑えるようにして片方の耳を塞いだのは我ながら良い判断だったと思う。
正面から向き合わなければならないとあっては、その手も外さなければならないけど。

「なまえなまえ、紹介するね。ぼくたちの部下で、古株の1人」
「そして、こちらがわたくしたちの大切な方です」
「なまえっていうの、かわいいでしょ!!」

目の前のクラウドさんが2人にとって信頼が厚い人なのだろうと表情から悟る。
頼れる兄貴分といった貫禄のある男性が帽子を取ってひょこりと頭を下げ、人好きのする笑みを浮かべた。

「どうも、クラウド言います。よろしゅう」
「あ……っ」

碌に挨拶を返す前に、がくんと膝から崩れ落ちる。
ノボリさんたちよりも低いバリトンボイス。
それが優しげに響いて耳へと届いた瞬間、心臓がバクバクと音を立て一気に顔へと熱が集まった。
まるで初めて恋をしたように、体も頭も溶けていく。

堪らない声。
あの声で名前なんて呼ばれたら初対面だと言うのにはしたなく快感に身悶える自信がある。

私の声フェチぶりを熟知している2人がそんな私の態度に気付かないわけがなく、突然崩れ落ちた私にクラウドさんが慌てて声をかける前にクダリさんが嗜めるように私の名前を呼んだ。
続けて責めるようなノボリさんの声に名前を呼ばれ、ぞわりと別の意味で鳥肌が立つ。
この2人が自分たち以外の声にあからさまな反応を示されて不快にならないはずがない。

「クラウドごめん、なまえ具合悪いみたいだからもう帰るね」
「ああ、そうしたってください。なまえさん、お大事に」
「ひぅっ……ん、む、ぅう」

不意打ちでクラウドさんに名前を呼ばれ快感に染まった声が零れる寸前、ノボリさんの手が口を覆った。
じろりと詰るような睨み付きで。

だって、ああ、堪らない。
あの声に嬲られたい、暴かれたい、犯されたい。
体の奥の奥から溶かされるような、優しく粉々に砕かれるような、いっそ暴力的な魅力のある声だった。

快感を灯された身体がちりちりと焦げ付くみたい。
すぐ傍にあったノボリさんの肩口にぐっと顔を押し付けてその熱を押しとどめる。
駄目だ、いくら魅力的な声だからって、そんなことを理由に手放してくれるほどノボリさんもクダリさんも優しくない。

「………なまえ」
「んぁっ」

密着した体から低く名前を呼ぶ声に嬲られ、体をすり寄せてしまう。
もっと、もっと呼んで。
上書きして。
あの声を忘れてしまうほど、どろどろになるまで聴覚を犯して。

「……っと、もっと…っ名前、呼んで………っ」
「まったく、わたくしたち以外の声でそんなに煽られるなんて。はしたない子ですね、なまえ」
「ひぐ、ん……っあ、もっとぉ…」
「なまえ、なまえ。愛しい、わたくしたちだけの、貴女」
「誰にもあげない。なまえが他の誰かの声に溶かされたって、無理矢理固めて、もう一度ぼくたちが丁寧に溶かしてあげる。もう他の誰にも溶かされないくらい、どろどろの、ぐちゃぐちゃに。ねえ、なまえ」

前後左右の感覚も消え失せるほど、あちらこちらからぐるぐると名前を呼ばれている気がした。
2人の声に浸されて、ふやけて、内側から溶かされる。
ああ、なんて、気持ち良い。

「愛して、ます」

その声で愛してくれる、あなたたちを。





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