ノボリさんのお茶の好みは、淹れたてあっつあつの渋め。
デスクワークのお供にするにはコーヒーが胃に応えるのだと、自ら茶葉と急須と湯呑を持参し職場の簡易な食器棚にノボリさん専用スペースができてから早数年。
サブウェイマスターとしての風格も相まって、湯呑を傾けるその姿はそろそろ長老とでも呼ばれるんじゃないだろうか。
長老と言うには、流石に歳が足りない気もするけど。

「ボス、失礼します。お茶をお持ちしました」
「どうぞ」

もう一度失礼しますと言いながらドアを開け、思わずそのまま閉めそうになった。
何とか踏みとどまったものの、片手でドアを開けたまま一時停止してしまう。

「おやなまえ。そんな所で固まって、どうしました?」
「いえ、あの、……お着換え中かと思って」

ドアを開けた途端に飛び込んできた肩からするりとコートを下ろすノボリさんの姿は、伏し目がちな視線も相まって妙な色気を放っていた。
押し倒したくなるというか、上に乗っかりたくなるというか。
思わず欲望が駄々漏れになってしまうような色香がふわんふわんと漂ってきたのだ。

何気なく顔を反らしながら言うと、くすくすと上品な笑い声が返ってくる。

「どうにもバトルの後はこのコートが重く感じてしまって、脱いでいただけです。着替え中ではないので構いませんよ」
「そうですか。………あ、お茶をどうぞ」
「いただきます」

デスクに湯呑を置きながら間近に見える真っ白なシャツに黒いサスペンダーがまぶしい。
確か少し前までは普通にベルトで締めていたはずだけど、これは妙に体のラインが強調されるようで見ていて目の毒だと思うのは私の頭が沸いている所為だろうか。

正直ノボリさんならペンを持って書類に向かうだけで様になるし色気がある。
そんな素晴らしい素材をお持ちの彼がサスペンダーなんてアイテムを付けたらどうなるか、おわかりいただけるだろうか。
ただでさえ癒し系ナイスミドル上司なノボリさんから、癒しと色気を兼ね備えた奇跡のようなナイスミドル上司の誕生である。

「ふふ、これ、そんなに珍しいですか?」

両手の親指でくっと左右のサスペンダーを前に引っ張って見せる姿は極悪級に可愛かった。
何なの、何なのこの上司、癒し系で色気もあってあまつさえ可愛いだなんて。
ああ動画と静止画両方で記録に収めてこの奇跡を鉄道員一同で分かち合いたい!
私たちの上司はこんなにも可愛くて色気に満ちた奇跡のような存在でしたよと!

「あっの、ノボリさん、この前まで普通にベルトしてませんでした、か?」
「そうなのです。最近ベルトの穴が足りなくなってしまって。あ、太っているわけではありませんよ?逆ですからね?痩せてしまって困っているんです。わたくし中年太りではありません」

ノボリさん以外から聞いたら十中八九殴り飛ばしたくなるようなセリフだけど、そのおかげでサスペンダーなノボリさんが見られるなら痩せすぎグッジョブとしか言いようがない。

「健康には気を付けてくださいね。痩せすぎも体に悪いですから」
「ええ、もういい歳ですからねえ、気を付けるとしましょう。でもなまえ、その言葉はそのまま貴女にお返しします」
「私に?」
「無理なダイエットはよくありません。それにわたくし、柔らかい方が好みです」

いえ確かに最近職場でもお昼やお菓子を少し我慢してたりはしましたけど。
ノボリさんに「お前ダイエットしてるだろ」と言われるのは結構来る。
しかもちょっと控えたぐらいで無理してるだなんて。
私は一体どれだけ食にがめつい奴だと思われていたんだろう。

「………き、気を付けます」
「そうしてくださいまし。………ああ、それと」

部屋には私たち以外誰もいないのに、内緒話をするようにそっと耳元で掌を添えて囁かれる。

「コートを脱がれたくらいで、あんな顔をして男を煽ってはいけませんよ」
「ち、違いますあれはっ」

別に押し倒したいなんて思ってませんとか何とか反論する前に、とん、と軽く肩を押されて、ノボリさんがいつも使っている椅子に深々と沈み込む。
流石サブウェイマスターの椅子だヒラ職員の物とは質が違う。
じゃなくて。

現実逃避で彼方に飛んだ思考を引っ張り戻すと、閉じ込めるように腕を付き見下ろしてくるノボリさんがコートを脱いでいた時の比じゃないくらいに色気を放っていた。
ふふ、と笑う声にぞわりと背筋が震える。

「……いけない子」

とろりと溶けた視線に、喉が鳴った。




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