何故か私の物になってしまった魔法のランプ(多分クダリのお兄さん)は、家に帰るまでひたすら私に話しかけてきた。
その内容は「自由になりたいから早く願いごとを言え」というただひとつなのに、帰り着くまでの十数分をひたすら途切れることなく喋りつづけた彼は私の中でお喋りくそ野郎の名を頂くことになる。
クダリと別れてから帰るまでの間にこんな悪意全開のあだ名を躊躇なく付けられるんだからこの自称ランプの魔人ノボリさんも大概だ。

そういう経緯があるわけで、家に帰るなり思わずランプをベッドへ投げてクッションで上から押さえつけさらには布団で覆い隠してしまうのも、まあ仕方ない反応だったと考えていただきたい。
だって本当にうるさかったんですこの魔人。

結果的に、既にランプから独立した存在になっているノボリさんから可哀想なものを見る目で見られたわけだけど。
最初はランプを動かすだけで悲鳴を上げてたくせに。

「………ご主人様、多少息苦しいのでもうランプを出しても構いませんか?」
「構いませんよ思う存分自由に空気を吸えばいいじゃない」

恥ずかしいやら情けないやらでやけくそ気味に許可を出すと、それを合図にランプを覆っていた布団やクッションが一緒くたになって宙に浮いた。
ベッドの真ん中にぽつんとたたずむランプの上を、ふわふわと漂っている。
その様はまるで。

「魔法、みたい」
「夢見がちな脳内お花畑の乙女チックご感想をどうも。ところでご主人様、わたくしと添い寝がしたいという身の毛のよだつ願望をお持ちなら魔人として止められませんが、そうでないのならランプを早くどかしてはくれませんか。わたくしはあれに触れることができませんので、このままではご主人様との添い寝が不可避のショッキングイベントになってしまいます」

この魔人、人の神経を逆撫ですることだけは天才的に上手いらしい。
どこか別の場所へ移してほしいなら一言そう言えばいいのに、どれだけ人を馬鹿にしてくれるんだこいつは。
私だって見ず知らずの魔人だか変質者だか得体の知れないランプだかと添い寝だなんて真っ平ごめんだ。
かと言って下手な場所に置くのもなんだか不気味だし。

「………クローゼットの中にでも仕舞っておくか」
「わっ、わたくしを仕舞い込むですって!?何ですかそれ魔法のランプを手に入れておいて使わないだなんてそんなオチがどこにあるんです!!」
「今ここに。大体こういうのは最後に痛い目見るっていうのが相場だし、クローゼットの奥にでもしまって大掃除の時に粗大ごみに紛れて捨てちゃうのがベストでしょ」
「夢も希望もないことを言わないでくださいまし!大丈夫ですわたくしこう見えて優良商品ですから、ご主人様を多少嘲り罵倒し弄ぶことはあれど騙すことはございません!」
「問答無用でクーリングオフされるようなうっさん臭いランプが何言ってんの!!」

大体本当に優良商品なら持ち主を嘲りも罵倒も弄びもしない。

「ならば、先ほどから申している通り早く3つ願いを言ってくださいまし。その後でしたら仕舞い込まれようとゴミに出されようと構いません」
「ああ、そうしたら自由になるんだっけ」

私だってこの口うるさい魔人から解放されるのは望むところだけど、やっぱり突然願いを叶えてやるなんて言われたら喜びより先に疑いと恐怖が飛び出してくる。
自分の力で叶えなかった願いなんて、結果的に不幸しか呼ばない気がするというのは流石におとぎ話の影響を受けすぎだろうか。

そんな私の戸惑いを見透かしたように、ノボリさんは慇懃に膝を付き頭を下げて見せた。

「わたくしは主人を幸福にすることが義務付けられている身、よほど下手な願いごとをしない限りご主人様が痛い目を見ることはありません。安心して、わたくしをお使いくださいまし」

まともな服を着ていたら少しはときめきやら信頼やらが生まれたんだろうか。
残念ながらノボリさんは物語からそのまま抜け出した上半身裸の無駄に色気に満ちた恰好をしている為、ときめきも信頼も生まれなかった。

「………あ、それじゃあ美味しいご飯作って家中綺麗に掃除してお風呂沸かしてくれない?これなら3つ丁度だしいいでしょ」

下手な願いをしなければと前置きがあるんだから、身の丈に合わない願いごとなんてするべきじゃないだろう。
これぐらいの小市民的なお願いなら、ちょっとしたご褒美として心置きなく叶えてもらうことができる。

しかもノボリさんとしてはちょっと家政婦の真似事をすれば自由になれるわけで、お互い平和的にこの現状が打破できるという寸法だ。
私ってば頭良い。

「それで、ご主人様は幸せになれるのですか」
「うん?幸せ幸せ、1日分の家事をしなくて済むなんてすっごくラッキー」

1人暮らしになって誰かに今日だけ家事を代わってもらう、なんてこともできなかったからささやかなご褒美としては十分すぎるほどに幸せだ。
だと言うのに、ノボリさんは私の言葉を聞いた途端目をくわっと見開いて私に迫ってきた。

「ラッキー程度では駄目なのです!!」
「ひいっ!?」
「わたくしは、ご主人様が心から幸せになってくださらないと自由になれないのです!家事をこなすだけなんて下らない子供の手伝いのようなお願いを叶えそれで貴女が心から幸せを感じてくださるなら、少々魔人として馬鹿にされている感はございますがわたくしとしても大歓迎でございます!しかし、ラッキーで済まされてしまってはわたくしはまたランプに戻り次の主人を待たなければなりません!またあのような日々を送るだなんて絶対にごめんでございますっ!!」

え、何その面倒臭い設定。
喉元まで出かかった感想を今まで培ってきた理性と常識で飲み込む。

心からの幸せなんて、クリア条件があまりに漠然としすぎていてどこからどう見ても無理ゲーじゃないか。
3つ願いを叶えたら自由になれるって単純な設定と釣り合いを取る為にしても難易度が高すぎる。
ノボリさんはそれだけ神様にがっつりと目を付けられるようなことでもしてしまったんだろうかとクダリの言葉を思い出した。
人間何をすればここまで面白おかしい事態に陥るんだろう。

「あなた、何で魔人なんてやってるんですか」
「………傲慢だったから、だそうです。わたくしがあまりに傲慢であった為、反省と改心を行うためにこのような身に落とされました」
「なるほどよくわかります」

さもありなんと深々相槌を打つ。
短い時間ではあるけど、この態度を見ていれば傲慢だと難癖付けたくなる気持ちも大変よくわかる。
そりゃ魔人にしてランプに閉じ込めたくもなるわ。

「ご主人様のようなすっからかんの脳みそで『わかります』とはよくも言えたものですが……………しかし、ご理解いただけたのなら、改めてお願いいたします。わたくしの自由の為に、心からの幸せを得られる願いごとをお聞かせくださいまし」
「突然そんなこと言われても」
「ですから先ほどから申しております!!多少残念ではございますが頭が付いていらっしゃるのですからちゃんとお使いになってください!!」
「厭味を挟まないと何も言えないのかお前は!」
「女性がそのような言葉遣いは褒められたものではございませんよ」

急に冷静になりやがってこの野郎。
それにしても、私が願いを言うまでひたすらこの魔人に付きまとわれて厭味を聞かされ続けるんだと思うとぞっとしない。
近い未来にノイローゼでげっそりやつれた自分をはっきりと思い描くことができる。

「………………ああ、あったわ。心から幸せになれる願いごと」
「本当ですか!」
「うん」

期待に輝く瞳を見つめて、彼にしか叶えられない心からの願いごとを告げる。

「あなたに、自由がほしい」
「………は」
「自由になって。そうしたら私は心から幸せになれる」

ノボリさんに自由を、そして私に平穏を。
静かで厭味が聞こえてこない、1人の時間と居場所を返してほしい。
今、心の底からそう思う。

このままだとクダリの顔を見るのも嫌になりそうだ。
この口を開けば厭味しか言わない天上天下唯我独尊な魔人に早く目の前から消えてほしい。

「わたくしの自由が、貴女の願い」
「そうだよ。ほら叶えて」
「………わたくしに、自由を」

ぽつりと呟かれた言葉に応えるように、ノボリさんの手首にがっちりとはめられていた手枷が硬質な音を立てて真っ二つに割れた。

うん、やっぱり私って頭良い。






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