世の中には色々なコレクターが居る。
珍しいビードロを高値で買い取る資産家や、鉱石に目がない老紳士。
あそこまで金に糸目は付けないというわけではないけど、私の友人も変わった収集癖の持ち主だ。
洋の東西を問わず古めかしい小物、所謂アンティーク雑貨に目がない。
気になる店があるので付いて来てほしいと言われたことも1度や2度じゃすまなかった。
大きな体を器用に泳がせながら、所狭しと商品が並ぶ店内をすいすいと見て回る友人を見ると思わずため息が出た。
「クダリもいい大人なんだから、1人で来たらいいじゃない………」
「うーん。だってほら、男に反応しないタイプの物だったら困っちゃうし」
「なに、それ」
コレクターともなるとそういう目に見えないものも感じ取れるようになるんだろうか。
まあ、元々クダリはちょっと変わったところがある人だけど。
にっこり微笑んだクダリは商品をあれこれ手に取りながら、片手間みたいに口を開いた。
「ぼくね、お兄ちゃんを探してるんだ。ノボリって言うんだけどね、すっごい才能と実力を持った自慢のお兄ちゃん」
「お兄さんなんていたんだ。初耳」
「うん、なまえには初めて言ったからね。困ったことに、ノボリは神様に目を付けられちゃって、ふるーい道具の精にされちゃったの。人の願いを叶えないと自由になれない。ノボリが何の精にされちゃったのかまではわかんない健気な弟は、こうして日夜骨董品を扱うお店を探し回ってる」
「………えーと、ごめん。これって真面目な話?」
語り口はふざけている風でもないんだけど、あまりにファンタジーな話にちょっと待てと言いたくなった。
クダリにノボリさんと言う兄がいる。
それはまあ、いいだろう。
クダリだって人の子だし兄の1人ぐらいいるだろうさ。
けど、神様に目を付けられて古い道具の精にされたってそれはどこのおとぎ話だ。
しかし、クダリとしては至って真面目な話だったらしく、遺憾の意とばかりに頬を膨らませた。
いい年の癖にまたえらく似合うんだこういう表情が。
「真面目な話!なまえには何回も兄さん探しに付き合ってもらってるから、話しておこうと思ったの!」
「ああ、それはどうも」
「なまえってば、信じてないでしょ!」
突然こんなことを言われてへえそうなんだそれは大変!なんて言える方がいい大人としてどうなんだと思うけど。
まあ、そのファンタジーをクダリが信じているのなら、私もそれを信じるにやぶさかではない。
これでもクダリとはそれなりに長い付き合いだ。
「でも、そっか。探し回っても見つからないから、もしかして男じゃ反応しないようになってるのかもしれないと思って私を連れまわしてるわけね」
「……………そう、なんだけど。もー、なまえはよくわかんない」
ぶつぶつ言いながらもしっかりと商品は確認してるんだから、この友人は抜け目がない。
対して私は骨董品にもアンティークにもさした興味はないので、品物を手に取ることもなくふらふらと店内を見回るだけだ。
まあ確かにこれだけ用途不明な雑貨があれば、クダリのお兄さんが宿っている古道具も見つかりそう。
特に今日の店は雰囲気がアジア的というかそれはもう南国ムード溢れる品揃えなので、特にそう思うのかもしれない。
「クダリクダリ、これとかどう?いかにも何か出てきそうじゃない?」
「いかにもと言うか、まあ、うん。なまえって意外とアニメ映画好きでしょ」
顔を上げたクダリが呆れた声を出したのは、私が手に持っていたのがそれは「いかにも」なランプだったから。
アラジンなんて誰もが知ってる有名なおとぎ話だ。
願いを叶える魔法のランプを巡っての大活劇に、合わせて進行するラブストーリー。
人並みにお姫様に憧れるお年頃は私にだってあった。
「それじゃあ、擦ってみたらいいんじゃない?上手くいけば願いを叶えてもらえるかもよ」
「それも3つもねー、っと」
確かあの映画では主人公は随分念入りにランプを擦っていたみたいだけど、これはどれぐらい擦るものなんだろう。
ぼんやり考えながら、壊してしまうのも怖いので掌で包むように数回撫でてみる。
「………うん、やっぱり何も出てこない」
「当たり前でしょ。そんなに簡単に当たりが引けたらぼくだって苦労しないよ」
「え、クダリにとってお兄さんは当たり感覚なの?」
「だって放っておいても一応帰ってはくるらしいし。何年も戻らないから、念のためにこうして近場を探してるだけだよ」
「薄情だなあ、って、ひい!?」
「え、何?」
ランプを元あった場所へ置いた瞬間、煙をもくもくと吐き出し始めた。
やっぱりこういう物って勝手に触ったら危なかったんだろうか。
「くだっ、どうしよ、煙が!」
「………なまえ何言ってるの、遂に幻覚でも見えた?」
不思議ちゃんと名高いお前が言うなとよっぽど叫んでやりたかったけど、吐き出された煙が形成し出したものに私は何も言えなくなってしまう。
それはどう見ても人の形をしていた。
両手にそれぞれ手枷を付けて、どこの国の方ですかと言いたくなるような異国情緒な服装に、ランプへと繋がる幽霊のようにおぼろげな下半身。
そしてその顔だけは、見覚えがある。
「先ほどの会話から察するに、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!………とでも言えば満足ですかあ?久方ぶりのシャバはブラボーと言う他ありませんが、しかしご主人様がこんな夢見がちな残念なおつむの持ち主だとはわたくし心底落胆いたしました」
「くっ、クダリ………?」
「だからなあに。大丈夫だよ煙も何も出てないから」
確認するように2つの同じ顔へ呼びかけると、片方からはすっとぼけた回答が返ってきた。
どうやら私が何か見間違えでもしたと思っているらしい。
そしてもう片方は。
「わたくし生憎と物語の魔人ほど力を持っていませんので、ご主人様にしかこの姿をお見せすることができないのですよ。そちらの反応も至極もっとも。そしてわたくし、クダリではなくランプの精のノボリと申しますご主人様。どうぞ短い間とは思いますが、どうぞよろしくお願いいたしますね」
慇懃に頭を下げられ、こちらも条件反射で頭を下げてしまう。
が、ちょっと待て、今確かにこの人だか精だかはノボリって言ったぞ。
それにこの特徴的なもみあげ、憎たらしい目つき、口元こそ正反対にひん曲がってるけど、この顔はクダリに瓜二つ。
「ちょ、ごしゅ、ひゃあああっ!!!」
「クダリ!これ、お兄さんかも!!」
ランプをがっしと掴み、クダリの目の前に突き付ける。
私の気迫に驚いたのかクダリもまじまじと眼前のランプを見つめていた。
「………なまえ」
「なに」
「これそんなに気に入った?」
「はあ?」
おいちょっと待て何故この友人は子供を見るような目でこっちを見てるんだ。
何か嫌な誤解をされている気がして固まっていると、手の中にあったランプを取り上げられにこにことやたら上機嫌な笑みを浮かべたままレジに持って行ってしまう。
「ちょっと、クダリ!」
「いつも突き合わせてるお詫び。気に入ったならプレゼントしてあげる」
「いやそういうつもりじゃ」
「はい、どーぞ」
「……………どう、も」
手早く会計を済ませ再び手の中に押し返されてしまい、今更欲しかったわけじゃないとも言いづらい。
大体これは私じゃなくてクダリが探していたものだって言うのに。
どうしたものかと手の中に納まっているランプを見つめていると、ぼんやりとした輪郭の足がふと視界に入ってきた。
「よろしいではありませんか、これでわたくしも晴れてご主人様の元にいられるというもの。まあ、こちらとしては3つの願いごとを叶えて残念至極な主人からは早く解放されたいところでございますが」
いつの間にかランプから独立した存在になっているランプの精が、ひんやりとした掌で私の頬を撫でてきた。
「さあ、ご主人様。このわたくしに願いごと、おっしゃってくださいまし」