通勤中何かしらの事故に巻き込まれることもなく無事20分前に出社し、勤務中も理不尽なトラブルに遭遇することなく平和的に昼休みを迎え、昼食時に誰かの飲み物が誤って降りかかってくることもなく、タイムレコーダーが誤作動を起こすという毎回恒例のひと手間も起こらずスムーズに退社できた。
これは、遂に私の不運体質が改善されたのか!

未だかつてない幸運続きに浮かれまくった私は、報告もかねて喜びのままにいつもお世話をかけているバトルトレインへと乗り込んだ。

「………今考えれば、軽率としか思えません」
「そういったなまえ様の詰めの甘さ、わたくしは大変好ましく思いますよ」
「ああ、もう、ちょっと。しばらく黙っててくれませんか……………」

初めてのバトルサブウェイでの敗北にショックが隠し切れない。
ベンチシートに深々と腰掛け、ぐったりとうなだれる。

そうだ、私のバトル運の強さはすなわち普段の不運っぷりに比例して上がるわけで。
あり得ないほどの幸運な1日を送ることができたのなら、それはすなわちバトル運がだだ下がっているということ。

7両目までたどり着くまでに、確かに違和感のようなものは感じていたのだ。
いつになく痛いところに当たる相手の攻撃、ひるみやねむりといった状態異常の頻発。
手持ちたちが不思議そうにこちらを窺ってきた時に、今日は運が悪いのだと引き返してしまえばよかった。

いやまさか私に限ってバトル運がないだなんてと最終車両の扉を開いてしまったのが運の尽きである。

「今まで劣勢になっても、負けたことはなかったのに………。しかもストレートに、3タテなんて…っ」
「むしろ貴女様のようなお方こそ珍しいのです。このバトルサブウェイに蔓延る猛者の方々をしても、無敗というお人はいらっしゃいませんでした」
「そう、ですか」

さらっと紡がれる過去形にさらにへこむ。
私も遂にめでたく黒星を並べる有象無象の仲間入りというわけか。
これは、下手に不運に見舞われるよりも来るものがある。

「気落ちされているところにこのような話題を持ちかけるのも失礼ではございますが、なまえ様、わたくしとの約束を覚えていらっしゃいますか」
「忘れました、って答えたいところですけど。覚えてます。………ミュージカルでもスポーツ観戦でも、付き合おうじゃないですか」

ノボリさんが私に3タテできたら、出かけた先で起こるであろう不運もその後巻き込まれるかもしれない不運も全部堪えてどこへなりと付き合う。
そういう約束を、確かにした。
どうせできるわけがないと高をくくっていた当時の私を殴りに行きたい。

途端に頬に赤みが差したノボリさんを見ながら、こんなあからさまに嫌々行きますって顔をした女を連れて行くことがそんなに嬉しいのかの不思議に思う。
私だったら嫌だけどなあ、行きたくないけど仕方ないから付き合ってやるみたいな雰囲気で同行されても楽しめないのは目に見えてるし。

「それでは、日程はなまえ様に合わせますので、決まり次第連絡をくださいまし。我が儘を言うのであれば、できるだけ早く、近い日にお願いしたいのですが」
「はあ。わかりました、できるだけ近い日にですね」
「子供のようなことを言って申し訳ございません」

男性の照れた表情なんてよっぽど美形でもないなら気持ち悪さが先立つものだと思ってたけど、この人はよっぽどの美形なのでその限りではないらしい。
何だろう、そんなにノボリさんは娯楽に飢えてるんだろうか。

「………その、差し支えなければ、こちらを。わたくしの連絡先です」
「はいどうも。って、え?」

目の前に取り出された丁寧に折りたたまれている紙を条件反射で受け取ろうとして、このメモ用紙が違和感どころじゃないものを孕んでいることに気が付いた。
ちょっと待て、何で自分の連絡先を書いた紙を丁寧に折りたたんで制服に忍ばせてるんだこの人。
しかも紙はくたびれているわけでもなく、このトレインに乗る前に用意でもしたきたようにしっかりとしている。

受け取る直前で固まり怪訝な顔をしている私に気付いたのか、ノボリさんは慌てたようにメモ用紙を握りつぶす。
いや、今更そんなことされても。

「いえっ、あの、決して下心や他意があるわけではなく!何と申しましょう、日程などお知らせいただく際に、わざわざこちらへお越し願うのも、失礼、と言いますか、大変でしょうし…。っあ、これは別になまえ様の実力を侮っているというわけではないのです!やはりこちらが無理を申しました以上、必要以上にお手数をおかけするのも如何なものかとっ」
「ええわかりました、親切かつ準備に余念のないノボリさんは私がここにたどり着くまでに調子が悪いことを察し3タテできるかもしれないと考えこちらの手間を考えこの連絡先を用意してくださってたんですよね、よくわかりました」

弁解すればするほど不審度が増していくノボリさんに無理矢理助け舟を出す。
これ以上口を開かせたら私の不運遍歴に漏れなく「変人との遭遇」が書き足されそうだ。

「連絡先、いただいても構いませんか」
「構いません!いえ、どうぞ受け取ってくださいまし!」

控えめに手を差し出すと、迷うことなく握りしめられて可哀想なことになった連絡先が押し付けられた。
ちゃんと読めるんだろうなと思わずその場で開いて確かめてしまう。

「…………ああ、大丈夫みたいですね。それじゃあ、また後日近いうちにご連絡します」
「ええ、楽しみにお待ちしております」

楽しみなんてわざわざ言われなくても、声から表情から十分にわかりますよ。






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