最近、夜中になるとどこからともなく機械音が聞こえる。
それに伴って女の悲鳴や、楽しげな男の笑い声も。
「もーなまえさんやめてくださいよ!ぼくそういう怪談話苦手なんですから!」
「いやカズマサ、これ怪談じゃないんだわ」
驚くなかれ実話かつ実体験なのである。
しかも楽しげな男の笑い声の正体が万年仏頂面と評判のボスなのだから下手な怪談よりぞっとする、恐ろしい。
女の悲鳴は誰あろう私自身だって言うんだから恐ろしすぎて泣けてくるわ。
流石に我らが頼れる上司ノボリさんが夜ごと重機で心中を迫ってくるなんて言えず、曖昧に笑ってごまかした。
怪訝な顔をしていたカズマサも、どうやら勝手に答えを出してくれたらしい。
うん、自分で考えるって大事だよね。
それが合っているかはともかくとして。
「怪談じゃないって、ああ!そう言えばここ近々でっかい工事をするって言ってましたね、機械音ってそれでしょう!悲鳴や笑い声は作業員さんたちじゃないですか?」
「………アハハー、流石ニ騙サレナイカー。カズマサモ成長シタネー」
こういう時普段からカタコトのキャメロンがいると棒読みもそう不自然にならないから助かる。
加えてカズマサは割とぽやぽやしてる子だから、私の適当極まりない返答でも嬉しそうにニコニコしていた。
ああ、可愛いなあ。
間違ってもこの子は重機で恋人と心中なんて考えたりしないんだろうなあ。
「だからだったんですかね、ノボリさん」
現実逃避に勤しんでいると、思い出したようにカズマサが呟いた。
絶賛心中計画中な恋人の名前を聞いて一気に意識が現実に戻ってくる。
「ノボリさんの何が、だからなの?」
「いえ、特にどうってわけじゃないんですけど。ノボリさん、この前作業員の人たちに怖い顔して迫ってて。やっぱり大事な職場の工事ってなると、運び込まれる重機ひとつ妥協したくないんだろうなあって、今更わかりました」
重機のことで、ノボリさんが、作業員の人たちに、迫っていた?
何だその不吉な単語の繋がりは。
「具体的には、ノボリさんどんな風だった?」
「ぼくも覗き見た感じだから、はっきりは覚えてないですよ。………確か、ダンプカーをどうにか入れられないかとか、何とか。大きすぎるから地下に搬入するのは無理だって説得されてましたけど」
なるほど、ダンプカーに土砂でも積んで生き埋めにするつもりだったのかなあの人は。
作業員さん方には今度心からの差し入れを持って行こう。
まあ普通に考えて、ダンプカーみたいな巨大なものがこんなところまで入ってくるのは至難の業だろうけど。
「……………ダンプは、難しいよねえ」
「ですよね。結局ノボリさんも、珍しい型のブルドーザーを入れるってことで妥協したみたいです」
あ、それが数日前のトリなんたらドーザーになるわけか。
そんな珍しい型の重機を惜しげもなく心中に使おうとしたわけですねノボリさん。
あれは確かに恐怖だったけど、最早過ぎたことなんだから水に流すとしよう。
なんとかドーザーに関してだけは。
「それにしても、ロードローラーの搬入をもぎ取ってたところは流石ボスだと思いましたよ。ぼく地下で動くロードローラーなんて多分初めて見ると思います」
「は」
無邪気にはたらくくるまの登場を楽しんでいるカズマサによると、重量級の凶器は2日後に搬入予定らしい。
作業員さんたちの差し入れはおいしい水のみで決定した。