愛しています、いっそ殺したいほど。

上司兼恋人であるノボリさんはよく私に重たい愛を囁いてくる。
命に直結するタイプの愛の囁きはノボリさんのお気に入りらしく、これまでも「貴女のためなら死すら喜んで受け入れます」だの「愛し合っているままいっそ死んでしまいたいですね」だのとそれはもうずっしり来る言葉の数々を送ってくれた。

そしてどうやらそれは単なる比喩表現というわけではないらしく、軽く首を絞められたり虚ろな目のまま包丁を向けられたりと一瞬本気で死を覚悟するようなことが度々ある。
その度にやはり無理ですと泣きそうな顔で謝られるので、何とか今まで生きてきたわけだけど。

『仕事が終わりましたら、シングルトレインの3両目ホームでお待ちくださいまし』

もうとっくに終電も終わった時間、すれ違い様にそっと囁かれた約束には、聞きなれた重たい愛の言葉のような雰囲気があった。
咄嗟に都合をでっちあげてやろうかと開きかけた口は、ノボリさんの人差し指にそっと閉じられてしまい文字通り有無を言わさず約束を取り付けられた。
別にノボリさんの無駄に色気漂う「内緒」のポーズに悩殺されたわけじゃない。
ちょっとだけ、思考が一時停止したけど。

そんなわけで無事本日の業務も終わって待つのはシングルトレイン3両目ホーム。
流石にギアステーションとしての業務は停止しているので灯りは非常灯くらいのものだ。
正直ここまで来るのにライブキャスターの明かりをフル活用したくらいには周りが見えなくて、普段から使い慣れた職場でなければ早々に諦めて帰っている。

女の子が恋人を待つにしては不気味すぎるシチュエーションだって後でノボリさんに抗議してやろうと心に決めて暗闇にびくつきながら呼び出した張本人を待っていると、ギシッだかギギッだかの機械的な音がどこからともなく聞こえてきた。

「………な、に?誰か、いるの?」

見回りにしてもあんなに重たい機械音がするのは変だ。
大体にしてこの時間、このホームは見回りルートに含まれていない。

ぞわぞわと悪寒が走る中、さらに恐怖を煽るように音は徐々に大きくなってきた。
つまり、これは、近づいてきている。

「ひっ」

焦りと恐怖でライブキャスターが手から転がり落ちて、明かりは離れた場所から届く非常灯の光だけになってしまった。
まるで明かりが消えるのを待っていたように、音が勢いを増す。
今でははっきりわかる、これは何かのエンジン音だ。

真っ暗な中、巨大な爪のようなものがこちらに迫ってくるのが辛うじて見えて、思い切り悲鳴を上げながら横へ飛び退った。
次の瞬間、とまではいかないけど、それなりの速度を持った爪がさっきまで私が居た場所に突っこんでくる。

何これ、斬新な悪夢でも見てるの私。

「ああ、失敗してしまいましたか」

まるで場違いな落ち着いた声が降って来た。
誰の声かなんて、言われなくてもわかる。

床を這いずっていた手が拾い上げたライブキャスターが照らし出したのは、案の定いつも通りの無表情なノボリさんだ。

さらに正確にいうなら、フォークリフトに乗った、若干残念さのうかがえるノボリさんである。

ますますもって、これは悪夢だとしか思えない。
ハンドルを握る姿に一瞬見惚れてしまったけど、これは絶対にいい夢なんかじゃない。
乗座式フォークリフト万歳なんてまったく思っていませんとも。

「あの、ノボリ、さん?一体これは、どういう」
「申し訳ありませんなまえ。上手くいけばフォークリフト諸共なまえをホームに突き落として心中できるかと思ったのですが、上手くいかないものです。やはり荷役作業用では、よほど上手く使わなければ殺人はできないようですね」

さらっと恐ろしいことを解説されて、思わず言葉を失った。
ノボリさん、貴方私を殺すなんて無理だって何度も諦めておきながら、今回は殺意全開すぎやしませんか。
ためらいも何もなく突っ込んできたフォークリフトが急に怖くなりそっと距離を取る。

ノボリさんが言っていた通り、荷役作業用として常備してあったフォークリフトがまさかこんなところで活躍するとは思わなかった。

「わたくし、考えたのです。直接自分の手で殺すことにためらいが生じるなら、手を触れなければいいと。幸いにしてわたくし大型特別免許を持っていましたので、迷わずこれだと思いました」

何でサブウェイマスターがそんな特殊免許持ってるんだ、そして何故迷うことなく殺人に使おうとした、しかもフォークリフトって貴方それはちょっとないでしょう!!

叫んでやりたかったあれこれは、ノボリさんの微笑みに封殺された。
殺されかけたくらいじゃ私にとってのノボリさんの魅力はまったく陰りもしないらしい。
多分このまま笑顔で許してくださいと言われたら二つ返事ではい許しますと答える自信がある。

しかしそこは私の愛しいノボリさん。
許してくれと言う代わりに、菩薩のような微笑みのまま愛を囁いてきた。

「なまえ、愛しすぎて辛いので、一緒に死んでくださいまし」

二つ返事は、できなかった。





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