必死に踏み止まろうと足に力を入れて掴まれていない腕で壁や床のあちらこちらに手をついても、抵抗虚しくずるずると腕を引っ張られる。
向かう先なんてわかりきっていて、何度も何度も許しを請う。
ごめんなさい、許してください、ごめんなさい、ごめんなさい。
それはもうどんな冷血人間だろうと思わず同情するほど哀れっぽく、涙も謝罪も大盤振る舞いだ。

それでも止まらないこの人は、多分そもそも血が通っていないんじゃないだろうか。

「謝る必要はありません。なまえもいい大人です、そういった付き合いが必要だということはわたくしも理解していますから。ただ、わたくしが耐えがたいというだけでございます」

なまえも、理解してくださいますよね。

普段の鉄面皮が歪んで微笑みにすら見える表情を浮かべながら、未だに抵抗を続ける私の背中を突き飛ばした。
彼なりに力加減はしたつもりなんだろうけど、それでも男に突き飛ばされてまったく平気なわけがない。
しかもその先がトイレなんだから尚更だ。

「さあ、すべて吐き出してくださいまし」

体勢を立て直す間もなく後頭部を便座に向けて押さえつけられ、空いた手で容赦なく喉奥を突かれた。
最早慣れてきた感覚に、一瞬ぐっと息を詰まらせた後胃の中身が一気にせり上がってくる。

「っあ、げ、え………っ」

完全には消化しきれていないあれやこれやを一通り吐き出して、ぜえぜえと息を整えていると再び指を突っ込まれる。
ノボリさんがすべてと言ったなら、本当にすべて吐き出させるつもりなんだろう。
どれだけ喉を突かれても、指先で引っ掻かれても、何も出てこなくなるまで。

疲れているみたいだからとクダリさんが奢ってくれたコーヒーを一口飲んだ、その現場を見られただけでこの仕打ちだ。
これまでも友人とお茶をしてきたと言えば吐かせられ、お菓子をもらったと言えば吐かせられ、飲み会から帰って来た時なんて思い出したくもない行為の果てに強制デトックスを受けた。

よっぽどやり返してやろうかと思ったけど、ほのめかした時に乙女もかくやと言う嬉しげな恥じらいを見せられてしまいノボリさんにとっては逆効果にしかならないと早々に諦めた。

こんなことが続くなら私貴方とはやっていけないわ!
なんて、どこぞのドラマみたいなセリフを投げつけた時もあるけど、行為の後どれだけ殴っても罵っても構いません抵抗もしませんからわたくしを捨てないでくださいましと身も世もなく泣いて縋られた。

文字通り腰に縋り付いていたノボリさんを踏み倒して別れを告げようと思っていたら、無理なら両手足を切って監禁すると独り言のように付け加えられた言葉に思わず大好きですよと口走っていた。
突然ノボリさんへの愛を感じたわけでもドMに目覚めたわけでもない。
ただ保身に走った結果そうなっただけだ。

「………もう何も残っていないようですね」
「はぁっ、……っひぅ、は、……ぐ、うぇ」

そうですね、もう嗚咽だか嘔吐いてるんだかわからない音しか出てきませんよ。
飲み物を貰った相手がクダリさんだった所為か、今日は異様にしつこく喉を突かれた。
おかげで胃酸の所為だけとは思えないほど喉が痛くて仕方がない。

散々に噛みついたノボリさんの手がようやく口内から出て行き、ぐったりと便座に寄り掛かる。
ノボリさんが綺麗好きで本当に良かったと心から思った。

「なまえが落ち着いたらベッドへ行きましょうか。少々無茶をさせてしまいました」

流石に毎回吐かせている張本人だけあって、加減はよく知っているらしい。
つまり、無茶をさせたお詫びに気絶するほど殴られるのも甘んじて受けるってことか。
ノボリさんを殴るのはどこか喜ばれているようで気が進まないんだけど、今日ばかりは積極的に報復させていただこう。

多分この喉の調子じゃ明日になっても酷い声をしていると思うし。

「……………くび、しめてやりますから」

できればそのまま絞め落としてやる。
思い切り睨みつけながら、完全に枯れている声で宣言すると、予想を裏切らない恍惚とした表情で返された。

「それはそれは、楽しみでございます」

あまりに予想通り過ぎてイラっとしたので、とりあえず股間を蹴り上げておいた。
ええい、嬉しそうな声を上げるな腹立たしい。





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