いつも通り電車に乗り込み、運よく空いている席を見つけ腰を下ろした。
荷物をもぞもぞと膝の上で遊ばせて安定する位置を見つける。
さて、これから本でも読むか音楽でも聴くかはたまた降車駅まで一眠りするかという時に、右肩に何やら覚えのある感覚がゆっくりと降りかかってきた。
横で既に夢の世界へ旅立っている人が体勢を崩すと、ゆっくり、もしくは突然重みが圧し掛かってくる。

あるある、たまにこういう人いますよねとちょっとした不快感を乗せて横を見れば、すらりとした手足が視界に入った。
伏せられている顔もそれなりに整っていて(こういう時どうしても上から目線になってしまうのは勘弁願いたい)、途端に影を差していた不快感が霧散する。
我ながら現金だけど、男女問わず美形に寄り掛かられるというのはちょっとしたご褒美感覚すらあるんだから仕方ない。

自然寄り掛かる体を押し返すこともできず、せめて私が降りる駅までと諦めて肩を貸してあげることにした。
役得だなんて思わなかった、と言えば嘘になるけど。

結局、私が降りる2つほど前の駅で目を覚ました彼は照れたような気まずいような顔で謝罪と会釈をして下りて行った。
勇気を出して気の利いたことでも言えば、それが運命の出会いになり何らかの発展も見られたりしたのかなあ、なんて。

「夢見たりするわけよねー」
「………ふうん」

日常のちょっとした幸せをクダリにも分けてあげようとさらっと話して聞かせたら、凄まじく不機嫌そうな顔を返された。
だから何だ、どうしてそんな話をするんだとでも言いたげである。

まあ私も勿論善意だけでこんな話をするほどお幸せな頭はしていない。
打算も悪戯心も込みこみだ。

「一通り幸せ気分を味わってから、ふとクダリを思い出したの。そう言えばクダリって、こういう形での出会いは絶対に望めないんだろうなーって」
「別にぼくだけに限った話じゃないし。絶対にムリってわけでもないし」
「ははあ、鉄道員さんは中々ロマンスに恵まれないねえ」

そう、つまりはこの事実をクダリに教えたかったのだ。
偶然寄り掛かって、または寄り掛かられて、そこから出会いが始まるなんてことは、基本的に座席に座ることが許されない鉄道員にはあり得ない。
まあプライベートな旅行なんかではその限りじゃないけど。
日常的な出会いとしてはやっぱり無理な望みだろう。

流石にここまで言ってしまえば、不機嫌面を見せるだけだったクダリの態度もさらに顕著なものになる。
端的に言えば、拗ねて怒って癇癪を起す。

「……ッバトルトレインならこうして座れるし、寄り掛かったりできるもん!!なまえが勇気出さなくたってぼくから話しかけるし、ぼくとなまえの出会いの方が運命だもん!!そんな奴よりぼくの方がずっと強いし、なまえに合ってるし、何度もなまえを倒してるしっ!ぼく、ぼく……っそいつ、嫌い!だいっきらい!!」

顔を真っ赤にしながら今にも泣きそうなほど目を潤ませて、大声を上げる姿はさながら子供そのものだ。
そもそも私をバトルで倒していることが見知らぬ男性に対する優位性に繋がると信じて疑わないその思考回路は一体どうなってるんだと問いただしたい。
これでも管理職で責任者で立派な成人男性だって言うんだから驚きだ。

まあそんなあれこれを差し置いても、クダリが嫉妬する姿はとても可愛くて愛おしいと思う。
これだけあからさまに意図が透けて見える話をしても、クダリは飽きずにヤキモチを焼いてくれる。
それも全力で。

「私はクダリが好きだなあ、だあいすき!!」
「……………いじわるするなまえは、ぼくちょっと苦手。ぼく本気で怒って悲しんでるのにニコニコしてる、なまえひどい」
「それをクダリが言うかな」

いつもニコニコしてるのはクダリの方だろうに。
だからこそ私はこうしてヤキモチ焼いて笑顔を歪ませるクダリが好きなのだ。

誰にでも見せる笑顔なんていらないから、泣いて喚いて私だけ見ていればいい。
そうすれば私は満たされる。

そんな私の心情を、案外聡いクダリは既に把握済みだ。
その上であれだけ盛大に嫉妬できるんだから、私はまったく愛されていると思う。

「なまえ、ひどい。きらい」

遂には完全にへそを曲げたクダリがぷいと顔を逸らしてしまった。
体も反転させて、拗ねていじけた背中しか見ることができない。

クダリが毎回私の思惑に踊らされて嫉妬するように、嘘でも冗談でもクダリの口から嫌いと言われるのは心臓をぐっさり刺された気分になる。
拗ねていじけて、私に意趣返ししてやろうとして吐き出しただけの言葉だろうけど、これはあまりに効果抜群すぎますよ。

「………本当に?クダリはもう、私のこと嫌い?」

自然弱々しくなる声音に、クダリが勢いよく振り返って私をぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。
根競べをしたら多分クダリは最弱なんじゃないだろうかなんて、まったく関係のないことが頭を巡る。

「うそ。ごめん、ぼくなまえが好き。きらいなんてうそ。大好き」
「あのね、意地悪してごめんね?」
「これがなまえの愛情表現って知ってるから、許してあげる。なまえの好き、わかりにくい。それに」

ため息を吐きながら抱きしめてくるクダリは、多分今最高にあくどい顔をしていると思う。
声がとてつもなく嫌な感じがするから。

「ぼくもなまえが負けて悔しそうな顔するのが1番好き。すっごくきゅんってして、寄り掛かるよりすっごい運命、感じる」

だから、同じ。

私に嫌われるだなんてこれっぽっちも思っていないクダリは、自信満々に自分の悪趣味な嗜好を披露した。
私も私で相当なものだから、あれこれ文句は付けないけど。

「お似合いだよねえ、私たち」
「うん、すっごくお似合い!!」





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