武器マス・特殊設定
「貴女、いい加減学習したらいかがです。Sトレインはまだ早いと言っているのに、懲りずに何度も申請を出してはそうやって臓物ぶちまけて」
トレイン内のシートや床にこれでもかとぶちまけられた血糊や脳漿を指して、ノボリさんがため息を吐いた。
わかりやすい厭味にかちんと来るけど、Sトレインに乗っていながらわずかな汚れと返り血のみで生還しているボスに逆らう口は持っていない。
それなりの年月この人の部下をやっているのに、未だに底が知れない。
ノーマルトレインであれば汚れひとつなく鼻歌でも歌いながら戻ってくるような人だ。
まあノボリさんが鼻歌を歌っているところなんて見たことがないけど。
「わかってますけど、いつまでもノーマルに乗ってたって成長しないじゃないですか。私みたいな馬鹿は多少の無理をしないと」
せっせと自分の血を拭っていると、ノックでもするように頭を小突かれた。
「ご自分の力量は正しく理解しているようですが、いかんせんおつむが残念でなりませんね」
「ちょ、やめてくださいよボス!部下いびりしないでください!」
「貴女真性のドMなんですか。何度も何度も望んで死にに来るなんて、廃人の蔓延るバトルサブウェイにおいても希少価値ですよ」
私の抗議なんてどこ吹く風と頭を小突きまくる。
ノボリさんが人の話を聞かないのは今に始まったことじゃない。
成長するために無理をしてるって言ってるだろう誰が真性ドMだこの廃人上司。
「ねえ、何度も何度も死ぬって、どんな気分ですか?いい加減飽きません?」
「……………ボスも挑戦者に立て続けに負けて見れば、私の気持ちがおわかりになるんじゃないでしょうかねえ」
何度も死んで何度も生き返っているのは私だけじゃない。
私以外の鉄道員も、挑戦者も、ボスだってごく稀に、誰かに殺されけろりと生き返る。
そしてその命を再びバトルに賭けるのだ。
ノボリさんだって望めば何度だって死ねるのだから、一度味わってみればいい。
まあボスみたいな強さを誇る人が何度死んだところで、私みたいな下っ端弱小鉄道員の気持ちなんてわかるはずもないけど。
「貴女が部下でなく、挑戦者であったのならまだ良かったのです。何とでも手を打って、わたくしだけがなまえを殺せる」
私の残念らしい頭をこんこんノックしていた手が、そのままがっしりとわし掴む。
まさかこのままりんごみたいに頭を握りつぶされるんじゃないだろうな。
優しげに囁かれた言葉と相まって嫌な汗が背中を伝った。
この世界では、命なんて使い捨ての道具でしかない。
何度も死んで、何度も生き返る。
興味本位で殺されて、まったく何をするんだと蘇生する。
それでもやっぱり、死ぬという絶対的恐怖は変わらない。
「何度も何度も、わたくしだけが。頭を砕いて、首を刎ねて、腹を裂いて、銃弾を叩きこんで、瞳を抉って。何度も、何度でも、貴女を殺すのです」
ぎちっと頭蓋が歪むような音がして、いよいよ黙ってはいられなくなった。
いつまでもノボリさんの陶酔した言葉に付き合ってはいられない。
「っボス!規律第4条!!」
頭を掴まれたまま必死に叫べば、至極残念そうな吐息を吐いてゆるゆると手が離れていった。
「鉄道員、及びギアステーション関係者間での修練以外の殺傷を禁じる。何とも興が乗らない規律もあったものです」
いい加減私の頭を小突くことにも飽きたのか、シートの血しぶきが飛んでいない場所を選んでぼすんと腰を下ろす。
私もいつの間にか止まっていた手を何とか動かしてせっせと血糊を拭う作業に集中しなければ。
ホームに戻るまでにある程度は綺麗にしておかないと、清掃員さんにそれこそ頭をかち割られてしまう。
「なまえ」
「何ですかボス、掃除の邪魔しないでください」
「この仕事を辞めたくなったのなら、いつでもおっしゃい。わたくしが大事に飼って差し上げますから」
全身を舐め上げるような声音に思わず顔を上げれば、うっそりと微笑むノボリさんという何とも鳥肌ものな絵が視界に飛び込んできた。
「誰かに殺されるなまえを見ることもなく、なまえを殺してしまいたい衝動を必死に抑える必要もない。何とも幸せなことでございますね」
「私にとっては悪夢なんですが」
「おや、それは残念。ですが是非ご一考くださいまし」
上機嫌に微笑むノボリさんに、何を言っても無駄な気がしてそっと視線を手元に戻す。
ノボリさんに飼われて来る日も来る日も殺される毎日なんて、考えたその日は夢でうなされること確実じゃないか。
再び手を動かしながら、血糊と一緒にボスの言葉も綺麗さっぱり忘れ去ってしまおうと心に決めた。