「っくちゅん」
必死に堪えてそれでも声が出てしまいましたということがありありとわかる可愛らしいくしゃみに、少しだけ微笑ましい気持ちになる。
この職場ではくしゃみを堪えるどころか手すら添えずにぶえっくしょいとかますおっさん、もとい男性職員が多い。
そんな中では可愛らしいくしゃみひとつでも心が和む要因のひとつになる。
堪えすぎたのか声がいくらか低くなっているところすら可愛らしい。
あーやっぱり可愛い女の人はいいよね、野郎なんて眺めても癒されないもん。
そんなことを考えながら机に向かっていると、もう一度控えめなくしゃみが転がり出た。
「ひっくちゅ」
おや、さっきよりもさらに声が低くなったような。
「あ、…っくしゅ!」
というかこれは低いとか以前に男の声じゃないか。
思わず顔を上げて周りを見渡すと、顔を真っ赤にしながら必死に口を押えている我らがボス(黒い方)の姿が目に入った。
マジですかボス。
三十路間近な男のくしゃみがそんなに可愛らしいって何なんだ。
「………………あの。大丈夫ですか、ノボリさん」
「そんな目で見ないでくださいまし」
呆れを通りこして同情の眼差しになってしまっていたらしい。
羞恥でより赤みを増した顔を両手で覆われてしまった。
だから、その反応も三十路間近の男がするもんじゃありませんって。
「風邪ではありません、ただ少し鼻炎、がっ」
また込み上げてきたらしいくしゃみを、今度は必死に飲み込んでしまう。
別にそう我慢しなくてもいいのに。
「大丈夫ですボス。その可愛いくしゃみといい恥らい方といい、下手な女より女子力高いですよ」
「どこがだいじょ、ぶっ………ふくちっ」
「いえ、私なりに励ましてみようかと。すみません不発でした」
やっぱり思ってもいないことなんて口にするもんじゃない。
可愛いとは思うけど、たっぱのあるそこそこがっちりした野郎の上司より小さくてふんわりした女性職員がやった方がより可愛らしいに決まっている。
堂々と「口から出まかせで場を取り繕おうとしました」宣言をした私に、ノボリさんは心底恨めしそうな視線を向けた。
私だって心からきゃーボスってばかーわーいーいー!とか言えないようなギャップ萌え属性を持たない自分が恨めしいわ。
「鼻炎なら鼻うがいとか、あ、手っ取り早くマスク付けます?」
「っ……ふあ、い、っんん」
真っ赤になってくしゃみを堪える声が今度は何故か色気を伴ったものになってきた。
同性である上司の喘ぎ声もどきに、男性職員がぞくぞくとトイレや見回りと言って部屋を出て行く。
同じ男として聞くに堪えないものがあったのか、それとも武士の情けってやつだろうか。
「あ、なまえ……っ。も、だめ、れすぅっ。早く、くらさい、っん!」
「わかりましたボスとりあえず治まるまで筆談しましょう」
お望みのマスクとセットにしてメモ帳を問答無用で差し出した。
無駄な誤解を招く前に、この突っ込みどころしかない上司を止めなければ。