書類を書いていた腕を無遠慮に引っ張られ、文字が思い切り歪んだ。
ここまで潔く歪んでしまったら修正は難しいだろうし、どう頑張ってみても一からやり直しである。
「なまえ、行くヨ」
ため息か非難の視線でも向けてやりたかったけど、ご機嫌に腕を引っ張るエメットさんはそんなもの意にも解さないだろう。
どこへ向かうのかなんて聞かなくても、その手にあるものを見れば察しが付く。
煙草にライター、非喫煙者の私には縁のないものだ。
「ボス、1人で喫煙所向かうのが寂しいのは別に良いですけど、連れて行くなら喫煙者を連れてってくださいよ」
「ん?野郎連れてってナニが楽しいの?喫煙者と連れ立って行ったとしても、なまえが巻き込まれることは変わらないよ?」
心底不思議そうな顔しやがってこの野郎、巻き込んでる自覚があるなら少しは自重しろ。
一本だけという約束こそ取り付けたものの、その一本を随分と味わって吸ってくださるものだ。
さも楽しそうに煙草の煙を吐き出す上司に向けて、褒められたものではない視線を投げた。
軽蔑とか嫌悪とかそういうマイナス感情っぽいものをこれでもかと視線に込める。
当然それぐらいで動く人ではないと知っているので、さらにわかりやすく言葉にも出してやる。
「………知ってますか、副流煙の方が体に悪いんですよ」
「知ってるー!インゴによくイヤミったらしく言われてるから!」
ケラケラ笑いながら話しているところを見るに、厭味なんてまったく応えてないらしい。
あのインゴさんの凍えるような視線を笑って流せるなんてどんな心臓してるんだこの人。
それとも生まれてこの方一緒にいれば慣れたりするんだろうか。
「だってさ、なまえを連れて行ったら嫌煙家のインゴはなまえに近づかない!それにナカまでボクが染めちゃうなんて、すっごく興奮するでしょ?」
そう言いながらじっと胸の辺り、正確にはその中の肺があるであろう位置を透視でもするかのように見つめられた。
なるほど変態ですねわかります。
ものすごく自然にセクハラ発言してくる癖はどう注意しても治らないみたいだ。
ため息を吐いて、意趣返しをひとつ。
「まあ私の肺が真っ黒になったところで、それはインゴさんの色ですけどね」
途端にわかりやすく眉を寄せ不機嫌面をして見せるエメットさんにこちらの機嫌は右肩上がりだ。
隠すでもなく上機嫌であることを表情にも態度にも表せば、ようやく手の中にあった煙草がじりっと灰皿に押し付けられる。
「エメットさんって、時々本当に扱いやすいです」
一本だけという約束に従って素早く喫煙所から踵を返す。
慌てたように追いすがる足音を聞きながら、逃げるように歩幅を大きくした。
イジワル!!
なんて、知ったことか。