「極論でございますね」

私の提出課題を読んで一言、ノボリ大先生様はばっさりと切り捨ててくださった。
確かに、少しばかり飛躍している所があるとは思ったけど、何も極論だなんて言いきらなくてもいいじゃないか。

ちゃんと参考文献だって探して読んだし、その解説だって付けている。
皆の反応だって、それなりに納得したって顔をしてるじゃないか。
そんな思いが、よせばいいのに反論を吐き出させていた。

「………けど、結論に至るまでにちゃんと筋も立ててますし、参考文献で補強もできてると思います」

言わなければ良かったと思ったのは、先生の目がすっと細くなるのを見てしまった時。
つまりは反論し終わった直後に速攻で後悔した。

やばい、来る。

「確かに、人を納得させられる理屈があれば奇論極論大いに結構とわたくし申しました。ですが、貴女が例に挙げた範囲は恣意的と言われても仕方がないほどに狭く、専門的な参考文献は1点のみ。さらにテーマ自体が曖昧かつ冒険的すぎます。これは講義で気軽に小研究として取り上げるようなレベルではなく、曖昧ゆえに一生をかけて研究しなければならないほどに壮大です。参考文献を漁るだけでなく、実地調査すら必要だと」
「わかりましたすみません今度はもっとテーマを絞ってきます!」

無理矢理先生の言葉をぶった切る。
失礼だとは思ったけど、これ以上駄目押しされたら私は完全に心が折れる。
何で調子に乗って反論したんだ私の馬鹿。

1を言えば10と言わず100は返してくるのがノボリ先生の特徴。
論理武装を完全に固めていない状態で気軽に突っ込んでしまえば、あっさりと蹴散らされるのは目に見えていたのに。
まあ完全武装していても、到底敵う相手じゃないけど。

「………………そうですね。それから、例に挙げる範囲はもっと広く検索をした方がよろしいでしょう。先ほど申しました通り、提示する範囲や例があまりに少ないとそれだけで説得力に欠けます」
「はい、すみません」

もう既にライフポイントはゼロどころかマイナス値だ。
ろくに顔も上げられないまま、手元にある不出来な課題の原本を見つめる。
周りの仲間たちから向けられる同乗の眼差しが辛い。

「ですが、きちんと前回の反省を踏まえ努力している点は素晴らしいと思います。これまでに述べた注意点はその努力を称賛した上でのことで、なまえさんの基本は整ってきていますよ」
「ありがとうございます……」

後のフォローも忘れないところは流石できた先生だと思うけど、その前のぶった切り方が激しすぎて立ち直り切るにはちょっと足りない。
私の前にめった打ちにされた子と合わせて浴びせられる、相も変わらない同情の視線が痛かった。
講義を共に切り抜けようとする戦友たちよ、言っておくけど明日は我が身だからな。

「さて、今日の担当者の発表も終わりましたので講義はここまでとしましょう。次の発表者の方はレジュメを忘れないように。それでは、お疲れ様でございました」

丁寧に下げられた頭が上がり切る前に、逃げ足の速い生徒から教室を後にする。
多大な精神的ダメージを受けた発表者が出遅れるのは毎度のことだけど、発表者じゃなくても私は早々と席を立つわけにはいかなかった。

「なまえさん、この後何か用事はございますか」
「あー、その、……ございません」

他の先生や生徒からの呼びかけならからかう声のひとつも上がっただろうけど、ノボリ先生からの授業後のお誘いとくれば誰もが目を伏せ足早に去って行く。
ええそうですよね、この恐ろしい講義を受けた後で更に個別の課外授業なんて受けたがる人の方がいっそ希少価値ですからね。

一番初めに捕まった私が生贄になってくれて助かったとお菓子を貢がれている身じゃあまり文句も言えないけど。
それでも一言言わせてもらおう、この薄情者共!!

「ではわたくしの研究室へどうぞ。今日の発表を踏まえ、先週のおさらいをいたしましょう」

先週のおさらいと言われて、膨大な資料と文献を教材にしたタイマンでの論文構成授業を思い出す。
記憶が部分的に曖昧なのは、きっと心が再起不能なまでにぼっきり折れてしまわない為の防衛反応だ。

あからさまな暴言を吐かれない分、私が如何に理解力がなく分析力もなく展開力が皆無で頑張れば頑張るだけちゃんちゃら可笑しい論文を作り上げる天才かということを徹底的に思い知らされる。
ノボリ先生に悪意がないということだけが唯一の救いだ。

「………よろしくお願いします」
「こちらこそ。そういえばなまえさん、来期の講義は既に決まっていますか?」
「来期、ですか?」

もうすぐ今期の講義は終わる。戦友たちもこの地獄のような講義から解放されるその日をカウントダウンしながら浮足立っていた。

この学校では新年度の初めに1年間受ける講義を決めてしまうので、当然来期の講義も既に登録してある。
訂正期間も勿論あるけど、基本的に面倒くさがりな私はこの期間をろくに活用したことがない。

「まあ、普通に決めてありますけど、それが」
「変更の予定などは?」

いつも人の話はきちんと聞く先生なのに、どうして食い気味になってるんだ。
無駄に真剣な顔を向けられて思わず身構えてしまう。

「特に、ないです」
「本当に?履修を停止する予定はないのですね?」
「だから今のところありません、って……」

掴みかからんばかりの気迫に押され正直に話すと、心底安心したような溜息を吐かれた。

「よかった、少なくともなまえさんは残ってくださるんですね」
「あ、あー……はは、そうですねえ」

なるほど、初めに逃げ遅れた生徒が来期になって履修を停止する為受講生が激減するというのは不人気な講義にありがちだけど、ノボリ先生もその例に漏れないらしい。
私も履修停止を真剣に考えてたってことは言わないでおこう。

「来期を迎える度、空になっている教室の前で呆然とする夢を見るのです。所謂トラウマというものでしょうか、情けないことですが」

そんな凄まじい経験があったのかこの先生。
流石に生徒全員が履修を停止してしまうなんて聞いたことがない。

「ですが、今回はあの悪夢を見ずにすみそうです。………ありがとうございます、なまえさん」

不意打ちで微笑まれて、この先生が美形で有名だったことを思い出す。
ああそうだ、鬼のような講義で忘れがちだけど、ノボリ先生って格好良かったんだ。

「どう、いたしまして」

例え教室にいるのが私1人でも、ちゃんとこの先生を迎えてあげよう。
それで先生が悪夢を見ずにすむなら安いものだ。





×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -