※武器マス
「海外出張、ですか」
「そー!だからボクたちしばらくココ留守にする!その間に連敗記録樹立した奴はぶっ飛ばすからネ!」
物理的に!といい笑顔で宣言するエメットさんに、物理的以外のぶっ飛ばし方があるんですかと聞ける猛者はいなかった。
英国支部からぶっ飛ばされるのか、それとも鉄道員という職自体からぶっ飛ばされるのか、尋ねることすら恐ろしい。
「ワタクシたちが不在である以上、ある程度客足が遠のくのはまあ仕方がないとしますが。だからと言って気を抜いたらぶち抜きますよ」
場所は選ばせてあげます、なんて嬉しくない優しさを発揮しているインゴさんの手にはしっかりと愛用の銃が握られていた。
拳銃なんて可愛らしいものではなく散弾銃、近距離からだとどこからぶち抜かれても致命傷である。
と言うか、出張に行くというのに2人とも何故いそいそとお気に入りの武器の手入れなんぞを行っているのか。
それより書類整理でもしたらいいのに。
「なまえ、お前出身は日本でしたね。当然言葉は忘れていないでしょう」
「それは、まあ、普通に話せますけど」
「ほらやっぱり!ネエなまえぼくたちの通訳として同伴してよ!」
通訳も何も、ボスたちだって確か簡単な日常会話程度ならこなせるはずだろうに。
私がまだこちらに来たばかりの時、片言ではあったけど確かに日本語で話しをしていた覚えがある。
そう告げると、インゴさんからあからさまな嘲笑をいただいた。
「お前は簡単な日常会話のみでワタクシたちに仕事をこなせと言うのですか。バカンスに行くのではないのですがね」
「あー…、大変失礼いたしました。通訳代わりに同伴させていただきます」
「初めからそう言えば良いのです。それと、今回は通訳もですが、なまえにはワタクシたちの目になってきただきます。今度こそあのスカした面にそれぞれ一発ブチ込んでやらねば」
そこまで言われて、私はやっとこの出張の全体像を把握した。
なるほど、単純にあちらで仕事をこなすだけというわけではないらしい。
ここではポケモンバトルと同じく人間同士の戦闘も行われる。
場所をトレインのみに指定するもよし、ギアステーション全体をフィールド化するもよし、武器使用可の急所攻撃あり負傷自己責任な自由度の高いバトルを提供する交通機関兼娯楽施設だ。
入社当時はポケモンバトル施設としてならともかく、こんな無法地帯に好んで来る物好きなんているのかと思っていたけど、どこにでもスリルを求める人間というのは一定数いるらしい。
例え病院送りにされようと数か月後にはけろっと再戦に訪れるのだから、彼らもある意味立派な廃人だ。
そして我らがギアステーションのボスたちは、2人そろって中・近距離戦に特化している。
対してあちらのボスには遠距離からの攻撃を得意とする人がいるらしく、毎回出張から帰ってくるたびにそれはそれは盛大な罵詈雑言がその人に向けられていた。
つまり、負け越しているんだろう。
「なまえは遠距離トクイだもんね?射程距離はノボリより長いんじゃないかな」
「私はそのノボリさんを存じ上げませんし、そもそも地下での長距離射撃なんて無用の長物でしょう」
大体ここでの私の主な仕事は武器を持ったまま外へ逃げようとしたズタボロ状態な挑戦者の掃討で、それが突然疲労も負傷もしていないサブウェイマスターを的にしろと言われたって無茶がある。
私が遠距離武器を得意としているのだって、できるだけ相手に近づきたくないからという何ともチキン丸出しな理由なのだ。
小心者代表を買って出られるような私に、サブウェイマスターとの交戦に参加しろだなんて遠回しな死刑宣告でしかない。
「お前の意見、その無用の長物によって何度となく負けを喫しているワタクシたちへの挑戦と受け取るべきでしょうね」
「ねー、なまえって意外とイノチシラズ?」
「いいえそんな滅相もございません!!」
ボスたちからそれぞれ視線を向けられ頭を机に打ち付ける勢いで下げて謝罪する。
ご機嫌を損なったら銃の試し撃ちの的にでもされかねない。
頭を下げたままで静止している私に気をよくしたのか、インゴさんに無理矢理頭を上げさせられた。
流石に髪の毛を掴まれて、なんてことにはならなかったけどアイアンクローよろしく頭を掴まれたのだから扱いとしては大差ない。
にこりともしないボスに真正面から見据えられて悲鳴を上げなかったのは奇跡だ。
「無駄口叩く暇があったら、荷物の整理でもしておくことです。あちらでヘマをしたら下の口両方とも塞ぎますよ」
「ボクたち今度はすっごくホンキだからさあ!もしなまえの所為で負けたりしたら、いろーんな意味で泣かせちゃうかも!」
気を付けてネ!
なんて、ありがたくもない警告をいただくと同時に、同僚一同から一斉に憐れみの目を向けられた。
こんなに嬉しくない帰国があってもいいんだろうか。