甘夏様宅の連載夢番外編


ぼんやりとした視界の中忙しなく動く人影が一つ、私の方へと近づいて来た。
黒いコートを纏うその姿はまるでノボリさんみたいで………

ん?



「起きて下さいまし、なまえ様」

「の…ぼりさん?」


やっとクリアになった空っぽの脳みそでようやく状況が飲み込めた。
私寝てたんだ、確実に。
しかも仕事中にっ!!


「あぁぁ、ごめんなさい!」

「大丈夫ですよ、本日はもうトレインの運行もありませんから」

「……え、」

「只今の時刻、丁度24時を回った所にございます」


ノボリさんの一言に慌てて壁にかかったソルロック時計を見ると、言われた通り12時を指していた。
最後に時計を見たのは8時だったから確実に爆睡を決め込んでいたらしい。


「普段なら9時にはお帰りになると聞きましたが、今日は挨拶に来ていらっしゃらないとカズマサが」

「ホントごめんなさい!」


即座に机に伏せる形で固まった体を起こして服を整え、ノボリさんに深々と頭を下げる。
職務怠慢とはこの事だ。
高校の授業中以外の寝落ちなんてそうなかったのに!


「お気になさらず、ここ最近はお互い忙しかったですから」

「すみません…」

「いえ、そうですね…では、簡単な罰としてクダリの残業が終わるまでわたくしの話し相手になって下さいまし」

「は、はい!勿論です!」


もっと色々怒られるかと思ったら、そんなに厳しいお咎めはなかった。
聞けばクダリさんも昼寝のせいで残業になったらしく、罰は私も残業よろしく夜中のギアステに残ること。


「あれ、ノボリさんご自宅の鍵は持ってないんですか」

「ちゃんと終わらせるから一緒に帰って欲しいとクダリに言われまして…」

「優しいですね」

「つくづくクダリには甘いのだとわかりましたよ」


困ったように笑いながら話すノボリさんは、それでも何処か楽しそうだ。
慌てて書類の山手をつけてるクダリさんが容易に想像できて、私も思わず笑ってしまう。


「お詫びにコーヒー容れますね、そこの椅子に座ってて下さい」

「ありがとうございます」

「あ、ミルクどうしますか?」

「入れて下さいまし」


この部屋には休憩時間も出なくていいようにポットやらが置いてある。
俗にいう給湯室のようなものだ。
ノボリさんは砂糖こそ入れないが、ミルクに関しては入れる時もある。

ノボリさんの好みに合わせてミルクを注ぎ、くるくるとかき混ぜて差し出す。
仕事終わりもあってかノボリさんはいつも以上にふわふわとした笑顔を浮かべてコーヒーを受け取った。


「たまにはなまえ様とこうしてのんびり過ごすのもいいですね」

「そうですか?何か照れますね」

「なまえ様とは中々時間が合いませんから…わたくしは楽しいですよ」


そう言うとノボリさんは私の作業机にあった一冊のノートに手を伸ばす。
見ても良いかと聞くので、気にせずどうぞと返すとパラパラとノートを捲る。


「わたくしのポケモンたちの日誌ですか…よく書かれています」

「ノボリさんの子は良い子たちばかりで助かりますよ、皆のお兄さんお姉さんみたいですから」

「そう言って頂けると嬉しいです…ところでなまえ様」

「あ、はい」

「隣に座ってもいいですか?」

「どうぞ?」


私は椅子がないのでポケモン用のベッドに腰掛けていたのだが、ノボリさんは何故かこちらに座りたいと言う。
絶対椅子の方が座り心地良いのにな…

隣にぽすりと座ったノボリさんはコーヒーを一口二口飲むと、何を思ったのかじっと人の顔を見てくる。


「あ、あの…私何か変ですか」


あまり見られると溶けてドロドロになるんですよ私の顔。


「…相変わらずお可愛らしいなと」

「空耳ですか、空耳ですね」

「なまえ様はとても可愛らしいですよ、皆様は分かっていないのです」

「あ…ありがとうございます…お世辞でも嬉しいです」

「お世辞ではありませんよ?」

「おぅふ…」


ノボリさんの天然たらしっぷりに私の心臓に変な矢が刺さりかけましたよ。
皆様はきっとよく分かってらっしゃいますよノボリさん。


「私なんかよりクダリさんの方がよっぽど可愛いと思いますが」

「そうでしょうか…」

「そうですよ…って、ちょ、ノボリさん近い!近いです!」


コーヒーを机に置いたノボリさんを横目に見ると、考えていたよりもずっと近くにいて思わず焦る。
それを見て楽しそうに笑うと、ノボリさんは手を伸ばして私の前髪に触れる。


「前髪、伸びてきましたね」

「最近切ってないですからねぇ…見栄え悪いですか?」

「いえ、そんなことはありませんよ」


向こうの女友達にもあまり髪なんか触られなかったのもあってか、私の心臓が可笑しな動きをし出したように感じる。


「ノボリさん、あの…」

「なまえ様はもう少し危機意識を持つべきだと思いますよ」

「危機ですか?」

「はい、たとえば…」

「……へ?」



ふと、ノボリさんの手によって前髪を上げられ、額にキスをされた。
一瞬呆気にとられたが、すぐに顔全体が茹で蛸にでもなったんじゃないかと思うくらい熱くなる。



「え、えぇ?」

「仮にもわたくしは男でございます、こんな夜更けに女性一人の部屋へ時間を潰しに来るはずがないでしょう」

「ぁと……」

「真っ赤でございます」

「か、からかわないで下さいよ!」

「からかってなどいません、こうしてなまえ様といられる時間がわたくしにとって至福の時ですから」

「……恥ずかしすぎます」


ぼそぼそと呟いた私の言葉に満足げに笑ったノボリさんは、先程伸ばした手で私の頭を撫でた。
ノボリさんの華奢だけど大きな手に撫でられて少しだけ気持ち良いというのは言わないでおこうか。


「いつもご苦労様でございます、わたくしはなまえ様のおかげでバトルも職務も頑張れます」

「大袈裟ですよ」

「本当のことです…なまえ様はわたくしといて何か思うことはありませんか?」

「ぇと……あ、安心します…多分」

「本当ですかなまえ様!」

「うわー!ナシ、今のナシです!忘れて下さいノボリさん!」

「無理でございます」

「うわぁぁ////」



真っ赤になって蹲る私をノボリさんはいつにない笑顔で見ている。
再び柔らかく髪を撫でられると、いよいよ何も言えなくなってしまった。


「好きです、なまえ様…貴女様の全てがわたくしを惹き付けて止まないのです」

「………私もです」

「ふふ、なまえ様からそう言って頂けるなんて嬉しい限りですね」




ノボリさんはそう言うと私の頭を撫でていた手を肩に回す。
そっと肩を引かれ、ノボリさんの体に寄りかかりそうになった時だった……





「ノボリー!お仕事終わっ…た」






なんてタイミングの悪い人なんだろうと思ったのは私だけじゃないはずだ。





額にキスを
(次こそは唇でお願い致します)






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