「私に何か言いたいことあるんじゃないの」
「ううん、何もないよ?ぼくはなまえがただ傍にいてくれたらそれでいいの。何もいらない、すっごく幸せ」

へらりとした笑顔で返されて、私もそれ以上は追及する気をなくしてしまう。
大体私は彼に何を言わせるつもりなんだ。
謝罪も懺悔もこの人から聞けるなんてとうの昔に諦めたはずなのに。

突然現れた彼は、マンションの一室までずるずると私の腕を引いて一言告げた。
「今日からここが君の家」だと。
なるほど可哀想な人かと即座に帰ろうとしたら、腰に縋り付かれて人目もはばからずわんわん泣かれてしまった。
帰らないで、捨てないで、一緒にいて。
わけがわからない。
私と彼は初対面のはずなのに、捨てるも何もあってたまるか。

けど隣近所の住人たちはそう思ってはくれなかったらしく、痴話喧嘩か修羅場かと若干責めるような目で私を見てきた。
どうやら彼はご近所付き合いも良好にこなしていたらしい。
ろくに事情も知らない人たちが非難の目を向けるのは私にだけだ。

その視線に耐えかねて、腰に縋り付いて離れない彼にとりあえず家に入れてくれと言ってしまったのが運のつき、それ以来私はこの家から一歩も外に出してもらえなくなった。
まったく間抜けな拉致監禁もあったもんだ。

「いきなり見知らぬ人間を監禁なんてするくらいだから、てっきり乱暴目的かと思ったけど」
「なまえは見知らぬ人間じゃないよ。それに、ぼくなまえの嫌がることはしないって決めてる」
「だったら家に帰らせて」
「いや、だめ、絶対むり。なまえが傍にいないとぼく泣いちゃう」

勝手に泣けばいいと思っても、この家に監禁された際の出来事を考えると頭痛がする。
この人はたとえ道の往来でもはばからずに声を上げて泣くに違いない。

ため息をついて、リビングの机を指差した。

「………とりあえず、ごはんできてるから」
「わあ、なまえありがとう!」
「それ食べたら、この首輪外して」
「うんわかった!」

彼がいない間は、逃げ出さないよう壁から伸びる鎖と首輪で繋げられている。
外に出してくれないのと同じように、この首輪だけはどうしても変わらず付けられている。
何が嫌がることはしないだ、この生活は私にとって苦痛でしかない。

「ねえなまえ、今日は一緒に寝よう」
「はいはい」
「お風呂もぼくが入れてあげる」
「………好きなようにすれば」

セクハラまがいのことを言われても、彼が下心から言ったんじゃないってことは嫌と言うほど理解している。
彼が私に乱暴しないのは、私をポケモンか何かだと思っているからだ。
きっと彼の目には、私は人型に何か映ってないんじゃないだろうか。

「あとは尻尾でも振れば満足?」
「……ん?なあになまえ」
「何でもない」

もしかして私はポケモンにすら劣るかもしれない。
だって私は彼の名前を未だ知らずにいる。




×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -