なまえ様の名前を初めて聞いたのは、怒り狂ったクラウドからでした。
「っだー!!ありえへん、なんやねんあいつー!!」
「クラウドうるさい、怒鳴りながら入ってこないの!」
珍しく書類を片づけていたクダリが机の上にあった飴玉を投げつけながらこれまた珍しく部下を叱責していました。
まあその飴玉については問いただしたい気持ちもありますが、クラウドの苛立ちを少しでも和らげようとしている節もあるようなのでここは不問にしておきましょう。
「だってボスちょっと聞いてくれません?めっちゃ理不尽な奴が乗って来よったんですよ!」
「理不尽って、問題アリなお客さん?」
「それは聞き捨てなりませんね。ギアステーションを預かる者として、ルールを守らないお客様を放置するわけにはいきません」
クダリの若干固い声にわたくしも書類から顔を上げました。
このギアステーションは交通機関であると同時にバトル施設でもあります。
それ故に血気盛んなお客様も多く、度々地下の平穏は乱されることがあるのです。
そういった問題のあるお客様がいるとわかっているのなら、他のお客様に被害が及ぶ前に対処するのがサブウェイマスターの務めというもの。
ですが、クラウドはあっけらかんとわたくしたちの不安を否定しました。
「あ、別にそんな感じやなくて。何て言うか、理不尽やって言いたくなるほど運の強い奴なんですわ。情けない話、運の強さだけで負かされたようなもんです」
「運が強いって、バトルの?クラウドだって十分バトル運持ってるのに、それ以上?」
「俺以下やったらこんな泣き言言いませんて。いやもうマジであの強運はチートですわ。サブウェイクオリティを倍返ししてきます」
「倍返し、ですか。それはまた別の意味で穏やかではありませんね」
サブウェイマスターや鉄道員、並びにトレーナーの方々はやはり当然のようにバトルに関してはそれなりの運というものを持っています。
奇跡と呼べるほどの大逆転劇すら起こしうる運の強さは、もはや一つの才能とすら呼べるでしょう。
クラウドもバトルの強さは元より、そういった運も持ち合わせているはず。
それを、さらに上回る運だけで負かすとは。
「……あれ?でもクラウド負かしたのに、その子ノボリのとこには来なかったの?」
「わたくしの勘違いでなければ、そういったお方は来なかったようですが」
そこまでの強運の持ち主なら会えばわかりそうなものですが。
クラウドをちらりと見れば、形容しがたい顔をして言葉を探しているようでした。
「えー…、と、ですね。俺に勝った後、その子、なまえさん言うんですけど、ポケモン回復させようとしたら機械が故障しまして。他の車両の回復機使うか聞いたら、そこも壊しかねないからいいて帰りよったんです」
「壊しかねないとは。その方が壊したわけではないでしょうに」
「まあそうなんですけど。本人が言うには、運がないらしいです」
「クラウドを運だけで倒しておいて?」
「そう、そうなんですよ!」
どうやら最初の怒りはここに起因していたようです。
クダリの一言をきっかけに、静まりかけていた怒りが再燃したのか怒涛の勢いでまくしたてられました。
「大体攻撃は嘘みたいに当たらんし、かと思えば相手の攻撃は冗談かってぐらい急所に当たってきて、それでもようやっと追い込んだかと思いきやまさかの逆転劇ですわ!相性は悪ない、どころかこっちが有利やったのに!しかも相手持ち物も持たせとらんってそんなアホな話があるかい!そこまでしといて最後に自分は運がないって、俺を馬鹿にしとんのかあの女ー!!」
「落ち着きなさいクラウド。お客様をあの女呼ばわりはいけません」
「ボスはお固すぎるわ、部下のちょっとした愚痴くらい聞き流してくれたってええやないですか」
「うっかり表でそんなことを叫ばれクレームにでもなられたら事ですから」
特にクラウドはお客様への言葉が少々荒い傾向がありますし、注意しすぎて悪いことはありません。
こちらから火種を与えて問題を起こしては鉄道員の名折れでしょうに。
「けど、そのなまえちゃんって子面白そう!ダブルに来ないかな、ぼくもバトルしたい!」
「そうですね。クラウドがそこまで言うとなれば、よほどの方でしょうし。わたくしも少々興味がわきました」
「お2人の所に行く前に、俺が自分の仇取らせてもらいます!」
そう豪語していたクラウドが再び破れ、ノーマルトレインでわたくし相手に3タテをしてきた相手がなまえ様だと気づく5日前のことでした。