キバゴをボールにも入れずに抱えたまま飛び出して、真っ先にライブキャスターを鳴らした。
相手は勿論、こんな時のお人好しツンデレエリートトレーナー。
「突然、呼び出しやがって……っ。お前は、俺を、何だと、思ってるんだ…っ」
ぜーはーと苦しそうに呼吸をしながらも、しっかりと文句は忘れない。
今は息を整えて、後からしっかり文句を言ってくれればいいのにと思いながら、適当に相槌を打つ。
来ないとキバゴと心中しますと脅しをかけたら、過去最短時間でかけつけてくれた。
やっぱり良い人だなあナツキさん。
「やだな、ナツキさんのことは友達だと思ってますよ?」
「『都合の良い』が枕詞のな。それで、今日は何の用だ」
ようやく息が整ったらしく、悪態がいつも通りに口から出てくる。
しかし文句を言いながらもしっかり用事に付き合ってくれるつもりでいるんだから、本当にお人好しだ。
将来ナツキさんが詐欺なんかに引っかかりませんようにと心の中で祈っておく。
「私と遊んでください」
「は?」
「ノボリさんとクダリさんにそろってのけ者にされたので、私は拗ねたんです。今日は帰りません」
「今すぐ帰れ」
間髪入れずに突っ返される。
そんな、遊んでくれと頼んできている女の子にすげなく帰れなんて言うとは男の風上にも置けないんじゃないですか。
心底嫌そうな顔、というか若干青ざめた顔で真っ直ぐにNoを突きつけられると、女の子としては引き下がるより押し切ってやりたくなる。
「嫌です今日はナツキさんと熱い夜を過ごすんです」
「その後俺が冷たい死体として発見されてもいいのか」
「大丈夫、ナツキさんは私の心の中で生き続けますから」
「なまえの心の中より現世で生きてたいんだよ俺は。いい加減学習しろお前も」
学習しろ、と言われて今までナツキさんがサブウェイマスターから、というかノボリさんから受けてきた被害の数々を思い出す。
肉体的ダメージのあるものから、精神的にちくちくと突き刺してくるものまで幅広く。
私が関わると十中八九、後日ノボリさんからのお礼参りがあるらしい。
それを知ったのは、割と最近だ。
クダリさんが流石にナツキさんを不憫に思って、それとなく止めてあげるようにと耳打ちされた。
ナツキさんにあまり頼りすぎるのも、ノボリさんの暴走も、適度に止めてあげてと。
学習しないからこそ、こうして毎回ナツキさんに迷惑はかけるしノボリさんは暴走してしまうんだけど。
でも、どうしてもナツキさんには甘えてしまうのだ。
優しさに付け込んでいると言えば、そうかもしれないけど。
「………嫌です」
じっとナツキさんの目を見ながら言うと、盛大なため息をひとつつかれる。
これは、ナツキさんの仕方がないっていう合図。
「泊まるのはいいけど、連絡入れろよ」
遊んでやるから家には帰れと言われるかと思っていたのに、お泊りも許してくれるらしい。
それによってナツキさんがどれだけ被害を被るかも、身を持って知ってるくせに。
こうして確実にツボを突いてくるんだから、ナツキさんは侮れない。
「ナツキさん大好き結婚してください!」
「やめろそれは俺にとってトラウマワードだ」
ナツキさんの家のドアが、さっきからすごい勢いでノックされている。
インターホンも16ビートかってくらいの速さで連打されてるし。
誰の仕業かなんて、考えるまでもない。
「お前やっぱ帰れ」
「い、嫌です嫌です今日は帰らないって決めたんです」
真っ青な顔色をしているナツキさんの腕にがっしりとしがみついて、ぶんぶんと首を横に振る。
ここで出て行ったら負けだ。
というか、ホラー映画ばりに怖くて出られない。
「俺の家が破壊される前に帰れって!」
「家が壊れたら2人で旅でもしましょうか!そしてイッシュを回って帰ってきたら結婚しましょう!」
そうだそれがいいですと叫んだ瞬間、ノックの音が激しくなった。
どうやら2人で旅をするだの結婚しようだのといった言葉が聞こえてしまったらしい。
確かに大きな声で言いはしたけど、壁やドアの緩衝剤も全く関係なく聞きとるって地獄耳すぎやしないか。
「お前どれだけ俺に死亡フラグ乱立するつもりだ!!」
「大丈夫ですナツキさん死ぬ時は一緒ですよ!」
「だからなまえちょっと黙ってろ!!」
ナツキさんの悲痛な叫びも物ともせずに響くノックは、もはや破壊音に聞こえてきた。
そろそろ玄関、壊されるんじゃないかな。