ギアステーションは人でごった返していて、チャンスとばかり人の波に突っこんで行った。
怒りにまかせて家を出たとはいえ、見つかったら私の怒り何て可愛いものだと思えるぐらいノボリさんが激怒することは目に見えている。
なるべく人ごみにまぎれて、こっそりと観客席へたどり着こうという作戦だ。
今ははぐれそうでとても出してあげられないけど、席に着いたらキバゴも出してあげよう。

肩をぶつけたり足を踏まれたりしながらも人ごみの中をどうにかこうにか縫っていたら、明らかにぶつかっただけとは思えない勢いで後ろへ引っ張られた。
視界に入ってきたのは、人ごみの中でもはっきりと認識できる白。

「なまえ、どうしているの」
「クダリさん」
「危ないから来ちゃダメって言ったのに!もー!」

ぷんすかと腹を立てて見せるクダリさんは、それでも何だかこの状況を面白がっているみたいだった。
クダリさんも確かに過保護ではあるけど、それが面白いことなら止めずにいてくれる。
もしかしたら、このまま見逃してくれるかもしれない。

「だって、あの、テレビでも中継してて、私だけのけ者みたいだったから」
「それでなまえ寂しくなっちゃったんだあ」
「……っ、はいはいそうです寂しかったんです!どうせ私は子供ですよ!」

からかうように言われ思わず反抗しそうになるが、寂しかったのは事実だしやっていることも子供じみていると自覚していたので声を張り上げるだけにとどめる。
ここであからさまに反抗してノボリさんでも呼ばれたら事だし。

「あはは、素直ななまえ可愛い!……あ、でもノボリに見つかったら怒られちゃうね」

ノボリさんに、ということはクダリさんは見逃してくれるということだろう。
とりあえず第一関門はクリアと胸をなでおろす。

「ノボリさんに見つからない内に、端っこの方からこっそり見てこっそり帰ります。ちゃんとキバゴも付いてくれてますし」
「うんそうだね、それがいい、か、も……」

クダリさんの言葉が尻すぼみになっていき、何なんだろうと思った次の瞬間、クダリさんがニヤっと嫌な感じに笑った。
ノボリさんに何か悪戯をしかける時や、サボってライブキャスターを鳴らす時なんか、よくこんな感じの顔をしている。
またよからぬことを思いついたんじゃないだろうか。嫌な予感がして、そろりとクダリさんから距離を取り早い所観客席へ逃げようとしたけれど、がっしと腕を掴まれ阻止される。
ちっ、相変わらず感が良い。

「なまえなまえ!ぼくノボリにこのこと黙っててあげるから、代わりにいっこお願い聞いて!」

お願い、と言われて咄嗟に食後のお菓子のことかと思いつく。
毎回毎回もう1個だの何だのと言ってノボリさんに叱られているのだ。
私も初めは1個ぐらいおまけしてあげようかと思ったのだけど、それをするとノボリさんが甘やかすなと怒る上にクダリさんだけおまけはずるいと拗ねるのでおまけもおかわりもしてあげていない。
まあ過剰に糖分を取るのも体に悪いし。

「何ですか、デザートは1日1つですよ」
「そうじゃなくてー!なまえノボリにちゅーしてあげたんでしょ?ぼくにもちゅーして!」
「何でそれ知ってるんですか……って、ノボリさんしかいませんでしたね」

そもそもクダリさんはノボリさんがお帰りのキスをお願いしてきた時その場にいたわけだし、知っていて当然と言えば当然なんだけど。

「うん、ぼくノボリに自慢された。なまえの唇すっごく柔らかくて美味しかったって」

どうやら当然ではなかったらしい。
あの野郎、人のファーストキス奪っておいて何を自慢してるんだ。
そもそも私がキスしたのは頬にであって口にキスをかましてきたのはノボリさんなのに、あたかも私がノボリさんにファーストキスを捧げたような言い方はやめてほしい。

かと言って、そういったことを逐一教えるのも恥ずかしいというか恥の上塗りと言うか。
どうせクダリさんは言い出したら聞かないんだし、さっさと済ませて廃人の方々のバトルを観戦させてもらおう。

「わかりました。頬にですよ」
「やったー!はい、どーぞ!」

ご丁寧に帽子を取って人目を遮り、頬をずいっと差し出される。
うわあつるっつる、ひげとか生えないのかな。
と、現実逃避をしている場合じゃなかった。

覚悟を決めて顔を近づけた途端、空いている手で首の後ろ、というか後頭部をがっしりと掴まれる。

「……え、ん!?」

ぼやける視界の先で、にんまりと笑うクダリさんの顔。

口にキスしやがった揃いも揃ってこの兄弟!
というかキスしてくれとか言っておいてさせるつもり全然なかったですよねクダリさん。

ノボリさんの時の経験から、必死に歯を食いしばって唇を割らないようにしていたら、何度も唇を啄まれて仕上げとばかりにべろりと舐められた。
塗っていたリップクリーム、全部拭い去られた感じがする。

「……ふふ、ごちそーさまぁ」
「く、クダリさん!!」

ノボリさんに黙っていてもらう代わりに大事なものを持っていかれた。
というかこれならノボリさんに雷を落とされた方がまだましだ。
この兄弟は乙女の唇を何だと思ってるんだ。
人目を引く覚悟で怒鳴りつけてやろうと顔を上げたら、唇をそっと人差し指で抑えられる。
クダリさんも自分の唇に指を当てて、にっこりとほほ笑まれた。

「ぼくないしょにしてあげる。だからなまえもないしょ、ね」

言うだけ言って、クダリさんは踵を返して人ごみにまぎれていった。
多分自分のバトルに戻ったんだろう。
それにしても流石はクダリさん、自分をわかっていらっしゃる。
あそこでエンジェルスマイルなんて、怒るに怒れないじゃないか。



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