わたくしたちの母は、何と言うのでしょう、言葉を選ばず言うのであれば、好色で淫奔な女性でございました。
仕事一筋な父親の目を盗んでは、家に度々男性を連れ込んでいたものです。
それが決まった方なら良かったのですが、いえ、良くはなくともマシだったのですが、色々な男性を引っかけていらっしゃるようでした。
幼いわたくしたちなどいくらでも言いくるめられると考えていたのでしょう、父の目は非常に警戒しているようでしたが、わたくしたちの視線などあってないようなものかのように振舞っていたのです。
子を産んだ人妻ながらあれほどまでに男性を誘惑できるというのは、呆れを通り越していっそ尊敬すら覚えたものでした。

父は申しました通り仕事一筋の方で、何を置いても仕事を優先させる人間でございました。
それを恨んだことはありません。
ちらりとも恨めしく思わなかったと言えば、嘘になるかもしれませんが。
そんな父は、奔放に男性を家に招く母の行動に気付く気配もございませんでした。
毎晩寝ているベッドで、違う男と自分の妻が裏切りに等しい行いをしているというのに。
恨むとすれば、その妻に対する無関心でしょう。

わたくしたちにとっては、良い父でした。
仕事に明け暮れながらも、私たち兄弟によく気を配ってくださいました。
スクールの成績を見て褒めてくださることもありましたし、悪戯をすればひどく叱られもしました。
ごく稀に取れる休みには、外に連れ出し遊んでいただいた覚えもございます。
今思えば、その時間を母に充ててくださっていたなら、あそこまで母も男性を食い漁ることはなかったのではないかとも思いますが。
まあ何にせよ、過ぎたことです。

父が母の不貞に気づいたのは、わたくしたちが訴えたからでございます。
耳を塞いでも聞こえてくる嬌声、目に焼き付いた生々しい情景、それらに耐えきれずわたくしとクダリは父に止めてくれと訴えました。
その訴えを驚きもせず飲み込んだ父は、数日の内に離婚の手続きを済ませたのです。
争うこともなく親権は父の手に渡りました。
母にとってわたくしたちなど邪魔なものでしかなかったのかもしれません。
行為の後、何も言わず恨みがましい視線を向ける子供たちなど不気味でしかなかったでしょうから。

しかし、不気味だと感じていたのはお互い様でございます。
わたくしは毎回違う男性を連れ込み同じように艶めいた声を発する母に、底知れぬ嫌悪感と不気味さを感じていました。
クダリがあれをどう感じていたのかは、知る由もございませんが。
あれはわたくしたちにとって、言及してはならない禁忌だったのです。
あるいはすでに忌まわしい過去として忘れ去っているのかもしれません。
クダリの特技は、嫌なことをすぐに忘れてしまえることでございますから。

そんな環境を経たわたくしが、女性に対する嫌悪感を同時に募らせたとして、何の不思議があるでしょう。
何のひねりもない、三文芝居にしてももう少し凝った作りにするような筋書でございます。
それだけに与えられた嫌悪感も子供ですら理解できるほどに鮮明でございました。
反動で同性愛者にならなかったことは我ながら疑問でございますが、わたくしも父と同じく仕事に没頭する人間ですので、愛だの恋だのにうつつを抜かす暇はないという天からのお告げ的な何かだろうと考えています。
むしろ、女性への嫌悪感を抱くことで仕事に集中できるのは良いことだとも。

いいえ、心中では嫌悪感という言葉すら生易しく、もっと直情的に汚らわしいとすら感じていました。
夫の隣で神に貞操を守ることを誓ったところで、ああも容易く何度も誓いを破るようなイキモノが、気持ち悪くて仕方なかったのです。
白状してしまうのであれば、今でも女性はおぞましい。
幼少期に植え付けられたトラウマが、そう簡単に消え去るわけもございません。
女性に触れることも触れられることも、言葉を交わすことでさえ、反吐が出そうなほど嫌いです。
こうして貴女様と会話をしている今も、苦痛しか感じない。

「ですからわたくし、なまえ様の思いに応えることはできません」

長々とわたくしの女性恐怖症についてご説明申し上げはっきりと交際をお断りしましたのに、何故かこの方はにこにこと微笑まれたままです。
思いには応えられない、どころかはっきりと気持ち悪いとさえ申し上げたというのに、相も変わらず笑みを顔に張り付けている所はクダリを思い出してどこか警戒心を削がれてしまいます。

「大丈夫です、私気持ち悪いとか言われ慣れてるんで!これから私とそのトラウマ克服していきましょう、そうしたら私は幸せノボリさんも幸せで大団円です!」
「あなた本当にわたくしの話を聞いていましたか?トラウマはそう簡単に消え去るわけがないと」
「だぁーいじょうぶ!女性に少しずつ慣れていきましょう!まずは女として魅力のかけらもないと太鼓判を押されたこの私から!」

その太鼓判を押したのは恐らくクダリでしょう。
彼女をからかい、その度目を背けたくなるような反撃を受けていました。

にこにこと無邪気に微笑みながら右手を差し出す彼女に、ため息しか出てきません。
その差し出された右手すら、汚らわしく思えて仕方がないというのに。

恐ろしいおぞましい気持ちが悪い穢れている。

「さあノボリさん、一緒に頑張りましょうね!」
「真っ平御免でございます」




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