幸せだと紡ぐ彼はどうしても好きではなかった。何かをはぐらかす為に使う言葉ではないのに、誤魔化すように口を動かす。例えばそれが真実だとしても、本質から遠ざけて近付くのを拒む。だからわたしはその言葉を聞く度に複雑な気持ちになった。また壁を作られている、そう感じることしかできなかった。同じ言葉を聞いても、西村や北本はそれを笑って受け止める。それが正解なのだろう。けれど、彼に少しでも寄り添いたいと願うわたしには無理だった。彼を思えば思うほど、憂いを帯びた瞳に胸が痛む。

「そんなにじっと見るなよ」
「へ?あ、ごめん」
「いや、いいんだ。何か付いてるか?」
「ううん、違うの」
気恥ずかしくなり俯いていると、ふっと笑う彼の声が届く。惜しげも無く頭に乗せられた掌が優しい。ふわりとまた彼への思いが募っていく。そうなればなるほど、彼との距離が表面化して苦しくなる。彼にとってわたしは、どれほどの存在なのだろう。どれほどの距離にいるのだろう。

「夏目は、本当に幸せ?」
聞いても返ってくる答えは変わらないとわかっていた。けれど、もしかしたらという淡い期待を捨て切れずに何度目かの言葉を口にする。悩みがあるなら、苦しいことがあるなら、わたしに教えてほしい。
「ああ、幸せだよ」
答えが同じなのは、彼の優しさだとわかっている。彼の悩みを共有したとしてもわたしにはきっと苦しむことしかできない。それをわかっているから、今日も彼は笑うんだ。わたしの大好きなその顔で、隠すように笑顔を作るんだ。

身体を彼の体温が包み込んだ。それはひどく優しく、ひどくあたたかく。
「名前がいるから」
なんて柔らかな声なんだろう。なんて儚げな瞳なんだろう。彼は狡い。そんなことを言われたらこれ以上何も聞けなくなるじゃないか。
見えない真実に目を背け、感じる現実に身を委ねた。彼は嘘を付いていない。けれど、彼の本当の心をわたしは知らない。切なくて、心苦しい。

「ごめんな」
「なつ、」
「名前はこの言葉じゃ満足しないよな。でも、本当に幸せなんだ。まだ名前には話せていないことがあるけど、いつか必ず話すから…それまで、待ってくれるか?」
困った顔をさせてしまった。こんな顔をさせるはずではなかったのに、わたしの利己的な考えのせいで彼の眉が下がる。彼はこんなにもわたしのことを思ってくれているのに、どうしてわたしは。
「…うん」
「ありがとう名前」
額に寄せられた熱をとても愛おしく感じた。

いつか訪れるその日まで彼を信じ続けよう。彼の言葉を受け入れよう。彼がわたしといて幸せを感じてくれるなら、いつまでも傍にいよう。
彼の前では、笑っていよう。

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