「あははっ!無様だねえ」
ベッドで横になるわたしを見下ろしながら、その男はとても楽しそうに笑った。勿論、わたしにとっては不愉快極まりない。


異様な気配に目を覚ますといつの間にか臨也が家にいた。それは、わたしが頼んだわけでもなく勝手にやってきた。まず、どうしてこの家に入り込むことができたのかを教えてほしい。そして、何故わたしが体調を崩していることを知っているのか"簡潔"に述べてほしい。
「この前俺がここに来た時さ、念の為に鍵の型をとっておいたんだよねえ。ほんと、正解だったと思うよ。っていうか、なんで俺よりも先に新羅が名前の容体を知ってるわけ?さっきあいつと電話してたら昨日名前が倒れたって聞いてさ。しかもここに来たらしいじゃん。俺は勿論ありがとうと大人な対応をしたわけだけど、癇に障るよねえ、自分以外の男が彼女のことを知ってるなんてさ。俺、一応彼氏じゃなかったっけ?ねえ、名前」
今のわたしに臨也の言葉は半分も届かなかった。とりあえず怒っているのはわかった。わかったけど、謝る気もなければ反抗する気もない。正直言って、しんどいのだ。今は物凄く臨也の相手をすることがしんどくて仕方ない。ただ黙って傍にいてくれるならいい、寧ろ嬉しい。新羅が知っている理由を教えてあげようか、それは格安で問診に来てくれる唯一の医学的知識を持つ人間だからであって他意はない。けれど、この男にそんなことを言ったとしても何らかの文句をつけられて反論されることはわかっていた。それより、待って。合鍵ってなにそれどういうことなの。

「普段は威勢がいいくせに今日はやけに大人しいじゃん。どうしたの?」
「帰れストーカー」
「ちょっと待ってよ。ストーカー?この俺が?やめてよその言い方。本気で怒るよ?」
「合鍵勝手に作るな」
「それに対して怒ってるわけ?じゃあ俺が今いることは別に嫌じゃないってことでいいんだよね」
よいしょ、と臨也がベッドの端に座る。それは至極嬉しそうで、ある意味単純で幸せな奴だなあと思った。その楽しそうな横顔を呆れながらも拝み、不本意ながらも至福だった。
療養中の孤独は酷く寂しいもので、新羅が来てくれた時もやけに無駄話に付き合わせてしまった気がする。心配してもらいたいわけじゃない、世話をしてほしいわけじゃない。ただ、何も言わずに傍に寄り添っていてくれる相手がほしいなと感じてしまう。残念ながら自分の彼氏である折原臨也はそんな存在にはなれないとわかっていたので連絡すらしていなかったのだけど、呆気なく情報が漏れてしまった。
けど、こうして顔を見て一番落ち着くのがこの笑顔だということに気付いてしまい、なんとも言えない悔しさが訪れる。このムカつく顔の何処がいいんだか。何がいいのか自分でもさっぱりである。

「ああそうだ」
臨也が思い出したような顔をして手に持っていたビニール袋を漁り始める。取り出したのはヨーグルト。もしかしてわたしにくれるのではないかと期待が膨らむ。意外と優しいところあるんだなと思い、感心をした。
「朝食とるの忘れてたんだよね、俺」
そう言ってそのヨーグルトを開けてスプーンの袋を口で破った臨也は、それを掬って自らの口に入れたのだ。
「は?」
「え?」
お互いに思考が止まったような表情をして目を合わせる。スプーンを口にくわえたままの臨也はわたしのこの間抜け面がおかしいのか、口元が僅かに震え出している。おかしいな、それ、わたしのために買ってきたんじゃなかったのかな、あれ、期待し過ぎたかな。そうだよね、臨也だもんね。って、ふざけんなよ、なんで今ここで食べる必要がある。
「もしかして俺が名前のために買ってきたとでも思ったわけ?今かなり面白い顔してたけど」
「う、うるさい!するでしょそりゃ…」
「あはは!そうだよねえ、きっと普通ならこういったものを買ってきてやるんだろうねえ。でもさ、名前は俺にそれを期待していなかったから何も言わなかったんだろ?だからあげるわけないじゃん。俺がそこらへんのいい男に見える?」
「あー…見えない、ごめん、わたしが馬鹿だった」
「本当に名前は馬鹿だよ。そこらへんの奴と一緒にしないでよね」
ぱくり、ぱくりとヨーグルトを口に放っていく臨也をいい加減視界に収めているのが苦痛になってきた。いつになく楽しそうなのは、わたしの弱り切った姿を見ることができたからなのだろう。
「もうすぐで煮立つから我慢してよ」
「は?」
立ち上がって歩き出した臨也の背中を見つめる。扉を開けて消えたと思ったら、何やらキッチンで作業を始めたようだ。陶器のぶつかり合う音がする。そして少し時間を置いて再び現れた臨也の両手にはお盆、それに乗せられているのはお皿とコップ。目を見開いて思わず起き上がった。一体何がどうしてこうなった。

「俺はさ、そこらへんのいい男とは違うんだよ。それよりもいい男なわけ。わかる?」
「いいから食べさせて」
「ははっ、やだよ自分で食べなよ」
「…ありがとう」
「気持ち悪いから礼はいらないよ」
「そうだね、臨也だしね」
「ほんと、体調悪くても可愛くならないね」
「気持ち悪いって言ったのはどこのにやけ面ですかねえ?」
「ま、思ったより元気そうだから安心したよ」
「話逸らすな」

元気なのはきっと臨也来てくれたから、だなんて口が裂けても言えない気がした。減らず口の中にもちゃんと優しさが見え隠れしてるだなんて気付いてしまったわたしは、今まで以上に臨也のこと優しく出来ない気がした。でも、それでいい。わたしたちはそれくらいで。

「…おいしい」
「俺が作ったんだから当たり前だよ」
「ちょっと黙って折原臨也」
「ぷはっ、フルネームで呼ばれた」

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