寝ぼける銀時を起こして引きずるように食卓につかせたわたしは、大きな溜め息をついた。小太郎と辰馬は既に食事を始めていて、美味しいと言って同じタイミングでみそ汁をすすっている。そして目覚め出した銀時が今日の朝食に目玉焼きはないというのに味付けは何にするかで小太郎と言い争いをする。銀時に同意を求められて笑って聞き流す辰馬。わたしはそんなのはどうでもいいから会話には加わらなかった。代わりに一つの空席を眺めてはまた息を吐き出す。それを聞き逃さなかった銀時が幸せ逃げるぞなんて気遣いしてくれたのはいいけど、こう毎日だと溜め息もつきたくなる。
今日も彼はかくれんぼをしているようだ。

「晋助みっけ」
かくれんぼとは言っても、晋助はいつも決まって大きな木の幹に背中を預けて遠くを見てる。細めた視線の先に何を見ているのか、わたしにはわからない。
「朝ご飯は?」
「減ってねェ」
「そんなんじゃ一日保たないのに」
は、と晋助が笑って隣で座るわたしの太ももに頭を乗せてくる。ちょっと何してるの、動揺するわたしを余所に晋助は木の幹よりかはマシだなんて酷い一言を発する。むっとしたわたしに、再び晋助は鼻で笑った。
「重いよ」
「動くな、寝れねェ」
晋助の熱が少しだけ伝わってくる。あったかい。わたしから視線を離した晋助が瞳を閉じる。ああもう、本当に寝るの?寝るなら自分の布団で寝ればいいのに。朝食の片付けもまだだし洗濯もしなきゃいけない。特に洗濯は時間が掛かるから早めに済ませないと今日中に乾かないのにな。そう考えてると、寝ると言っていたはずの晋助がわたしを見上げていてどきりとした。
「間抜け面」
「う、見るな馬鹿」
ばっと顔を背けるわたしにくつくつと笑い、もぞもぞと動く。落ち着く場所がなかなか決まらないのか、身じろぎする晋助は子供のようだった。諦めたようで軽く舌打ちをして起き上がるとまた木の幹に身体を預けた。解放されたわたしの足は軽くなり、残った晋助の熱がまだ少しだけあたたかかった。
「最近、のどかだね」
「そう長くは続かねェだろうよ」
「かなあ?」
「俺たちも、いつまでものんびりしてるわけにはいかねェしな」
「そうだよね」
少しずつ暖かくなっていく空気と透き通るような青空がわたしに平穏をもたらしてくれる。そのせいで今世の中で起こっている出来事がすっかり頭の端っこに追いやられてしまってた。それを思い出せば、ぎゅっと心臓を鷲掴みされたような感覚を覚える。ずっと、こんな毎日が続けばいいのにと願ってしまう。ただこうなったらいいなとかじゃなくて、こうなってほしいという切なる願い。でも、一歩外に踏み出せばわたしたちは笑っていられない。ふわりと頬に触れる優しい風を感じ取る暇さえもきっとない。今の時間が日常だったらと何度も思ったけど、わたしたちの日常はもっと暗くて苦しくて重たいもので、こんなにも明るくて和やかでふわふわしてる時間はもう非日常に近いくらい貴重なのだ。
「どうする?」
「なにが?」
「いつかわかんねェけど、終わったらよ。お前は、どうする?」
どうするか、思えばそんなこと考えたことなかったかもしれない。今起きてる出来事から耳を塞いでいたわたしはただ怯えていただけだった。早くこの不安から解放されたいとしか思っていなかった。いつか訪れる平和のその先を考えていなかった。そのときわたしは、どうしているのだろう。
「晋助は?」
「オイ、俺が聞いてんだ」
「いいじゃん、教えて」
「俺は…」
そうやって儚げな目をして空を見上げる時の晋助はあまりいいことを考えてないっていうのは知ってる。いつも言ってる晋助の言葉が頭をよぎる。けど、そんな未来は考えたくもない。晋助たちのいない未来なんて。
「あ、」
「ンだよ」
「…ううん」
「言えよコラ」
むにっとわたしの頬を容赦なく引っ張る。その痛みに顔を歪ませて晋助を睨む。思った以上に晋助の顔は真剣だった。情けない顔のはずなのに、晋助は笑ってこない。さっきとは空気が違うのはわたしにでもわかる。晋助の手が離れ、そこに手を当てながら遠慮がちに口を開いた。だって、なんか今の雰囲気でこんなこと言うのは少しだけ恥ずかしかったから。
「晋助たちと、笑いたい」
「…ふっ」
「な、なによ」
「いや…お前らしいと思ってよ」
急に熱が集まって熱くなる。よく考えたら晋助の質問はそれからの人生をどう過ごすのかということであって、終わったときにどうしたいとかそんなんじゃなかった。でも、わたしはその瞬間さえ迎えられればそれから先はなんとでもなる、そんな風に思ってしまう。
「だがよ、俺だけじゃねェのが気に食わねェな」
「四人とも生きて帰ってきてほしいもん」
「そうじゃねェよ馬鹿が」
「わかってるよ、でも」
わたしはその時も銀時のくるくるパーマをふわふわ触りたいし、小太郎にヅラって言ってヅラじゃないって返されたいし、辰馬の聞き取りにくい方言も聞きたい。それに、晋助の隣にいたい。

「まァいい」
ニヤリと笑った晋助の腕が伸びてわたしを抱き寄せた。晋助に触れられることには何も抵抗はなかったし、いつの間にか慣れたものだったけど、今日は少しだけどきどきする。いつものようにからかってる気がしなかったからかもしれない。
「俺ァお前さえ生きていれば、それで」
耳元で掠れた声がそう紡ぐと、背中に回された腕が強くなった。わたしは晋助の言葉に素直に喜ぶことができなかった。わたしさえ、じゃない。みんなもだよ。わたしだけじゃ意味がない。少しだけ、悲しくなった。

「畜生、名前と高杉の奴どこ行きやがった」
「おお金時、あこにおるやか」
「あァ?って、高杉テメェェェエ!」
「あー…うるせェのがきやがった」
「どうした名前、涙など流して」
一番に近寄ってきた小太郎がしゃがみ込み、わたしの頬を撫でる。その指を見ると少し濡れていて。気付かなかった、恥ずかしい。
「テメェ、なに名前泣かせてんだ?あァ?」
「は、俺ァ何もしちゃいねェよ」
「何もしてねェのに泣くわけねェだろが」
「銀時、これ欠伸だから」
「は?欠伸?」
「…うん、そう」
なんだよと胸を撫で下ろす銀時の足を晋助ががつんと殴る。じりじりと睨み合う二人がなんだか微笑ましい。こんな風にちょっとしたことが笑えるのは今のうちなのかなと思うと胸が苦しくなる。けど、それでも今だけはこうして五人でいられる幸せを噛み締めていたい。
そして、願わくばこの幸せがすべてが終わったその時も訪れてきてほしいと。

130207
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