カタカタカタ。目の前の都市伝説がPDAを器用に使いこなし文字を打ち込むと、わたしの眼前に画面を向ける。『最近静雄がおかしいんだ』そう出されてもわたしは首を傾げることしかできなかった。静雄の話ならわたしよりもっと他に、ほら、あ、いない。『何か知らないか?』と付け加えられた文字をまじまじと見ながら顎に手を当てて考え込む。最近の、静雄。この前見た時は折原と仲良くじゃれ合いながら標識を振り回していたけど。さらに溯ってみてわたしと話した時のことを思い出す。その時もとりわけ変わったところはなかったような気がする。
そもそも、どうおかしいのだろう。わたしの反応に少しだけ肩を落としたセルティがまた新たに文字を打ち込む。『私には何も話してくれないから、名前が聞いてやってくれないか』。そんなことを言われてもだねセルティくん。わたしは静雄の家も知らないしどこに行けば会えるのかもわからない。そう思ったら傍で轟音が耳に入った。わたしとセルティがシンクロしてそちらの方を見ると、自動販売機が宙を舞っている。あ、いた。
『最近毎日のように暴れ回っているんだ』
なるほどどこもおかしくない。でも、セルティがそこまで静雄のことが気になっているなら力になってあげないとなと思う。わたしはセルティを見てわかったとだけ告げた。『ありがとう名前』、少しだけフォントが大きくなった文字を見てにっこりと笑う。友達想いなセルティがわたしは大好きだ。

音も立てずに走り去ったセルティを見えなくなるまで見送り、先ほど轟音が聞こえてきた路地に向かう。まだいるだろうか。いなかったとしても、この近くにいるのは間違いない。見つけるのにはそう時間はかからないだろう。静雄のあの格好はかなり目立つ。


小走りで現場まで向かうと、まだそこに静雄がいた。何故か項垂れるようにして座り込んでいる。どうしたのかな。名前を呼ぶと身体が揺れた。ゆっくりと上げた顔は紅潮している。あ、これはもしかしてもしかしなくても酔っぱらっている。首がすわっていないのかすぐに頭ががくっと落ちる。よお、とひらりと力なく上げるその片手もすぐに降ろされた。
「なにあんた、酔ってんの?」
「ああ?俺は酔っちゃいねえよ」
「……酔ってるのね」
それにしても、なんで酔っているのだろう。静雄はあまりお酒を飲まないっていうのに。飲まされた?いや、それはないか。それなら静雄が勢いで飲んだとしか考えられない。そんな風にわたしがあれこれと思案していると、すう、と寝息が聞こえてきた。おい、寝るな。
「こんなとこで寝たら風邪引くって」
「ねみいんだよ」
「だったら家で寝なさい」
「あー、ここどこだ」
「池袋」
「なら、いい」
そう言ってまた踞ってしまう。何がいいのだろうか。池袋は俺のホームだって?馬鹿かお前は。ああ、ほんと、どうしよう。折原呼んだら嫌でも起きるかな。いや、それはやめておこう。街がまた壊れる。それにしてもこの静雄、なんだか可愛い。無防備というか、こんな綺麗な寝顔で眠るんだ。

「静雄」
「……」
「静雄!」
「……ぐう」
ぐう、じゃない。殴ってやろうかこの男。あーもう、なんか面倒だ。本当に折原呼んでやろう。もう、この際どうでもいい。そう思って携帯を取り出してアドレス帳を開く。発信ボタンを押して暫くすると陽気な声が耳に飛び込んできた。こいつはこいつで面倒だ。
『やあ名前。久しぶりだねえ。君から電話してくるなんて一体どうしたんだい?』
「ねえ折原、ちょっと池袋来て」
『池袋?なんでまた――』
会話の途中で折原の声が遠くなる。静雄に腕を引っ張られて携帯が耳から離れたからだ。いつの間にか起きた静雄のギロリとした瞳が、わたしを睨みつけている。
「折原、って、臨也のことか、」
「そうだけど、苗字も忘れた?」
「なんで臨也と電話なんかしてんだ」
遠くから『あれ?シズちゃんもいるの?』なんて素っ頓狂な声が聞こえてくる。でも、今はそんなことに答えてあげる余裕も力もない。わたしの腕がみしみしと軋むのがわかる。あの、静雄、折れるから離してください。苦痛の表情を浮かべると、はっとした静雄がわたしを解放する。代わりにわたしの携帯を引ったくって思いっきり道の向こう側に投げつけた。あ、と気付いたときにはもう遅く、壁にぶち当たって二つ折りの携帯が無惨にも分裂する。壊した。わたしの携帯、壊した。
「しーずーおーくーん?」
「……手前が悪い」
「なにそれ、あんたがこんなところで酔っぱらって寝てるのがいけないんでしょ。折原でも呼ばない限りあんた起きないじゃない」
「……あいつの名前呼ぶな」

また気怠そうに壁に背を預けた静雄が天を仰ぐ。あーくそ、と頭が痛いのかこめかみを押さえて舌打ちをする。どうして飲めないくせにそんな飲んだの。
それにしてもさっきの言葉。ずっと前にもそんなことを言われたのを思い出した。あれは確かわたしが折原の話をしていた時で、その時はわたしも静雄と同じように臨也と呼んでいたんだけど急に静雄が不機嫌になってさっきと同じ言葉を口走った。それからなんとなく静雄が怖いので折原と呼ぶようになったんだけど、これでも駄目ならもう情報屋と呼ぶしかない。

「ねえ、帰ろう」
「……好きなのか」
「は?」
「臨也のこと、好きなのかって聞いてんだよこの野郎」
人に何かを尋ねるときはもっと丁寧にと教わらなかったのかしら。そもそもなんで急にそんな話題が飛び込んでくるわけ。静雄の頭の中はどうなってるの。誰か整理してあげてよ。
「好きじゃない好きじゃない。別に嫌いでもないけど」
「ああ?」
「だってわたしには害ないし」
「……好きじゃねえならいい」
うん、そうだね。だからとっとと立ち上がってお家に帰りましょう。ぐいっと静雄の腕を持ち上げても、それ以上は持ち上がらない。自力で立ってもらわないと困る。ああ、セルティの影で持っていってもらいたい。でも、またここに呼び出すのも可哀想だし、こんな静雄を見たらさらに彼女は心配するだろう。だからそれはできなかった。しかしそれ以前に、わたしの携帯は静雄の手によって大破したのだと思い出す。

「俺は好きだ」
は、誰を。折原を?だめだめだめ、狩沢さんが喜ぶようなこと言っちゃ駄目だよ静雄。第一あれは妄想するからいいのであって現実にそうなったらきっと興ざめだよ。わたしは元から興味ないからよくわからないけど。そうしてやっとのことで起き上がった静雄の腕がわたしの首に回り、体重が重くのしかかってくる。これは、歩けない。

「名前が、好きだ」

ぼそりと耳元で囁かれた言葉に驚愕した。え、と静雄を見ると意外と近い顔にまた驚愕して思い切り逸らす。少しだけ荒い、酒気の帯びた呼吸にくらくらする。なんでこんなときにそんなこと言うの、馬鹿。
「でもお前、臨也の野郎と妙に仲いいから俺なんて眼中にないんだろうなと思ったらすげえ苛々して、そんでトムさんと居酒屋入ったら、どうしてかお前が俺の目の前にいて。……ああ、夢か、夢かこれは」
そう言ってぺたぺたとわたしの顔を触ってくる。いや、夢じゃない。夢じゃないからやめて。てか、なにそれ。勝手に思い込んで苛々して自棄酒したってこと?それこそ本当の馬鹿のやることじゃない。

好きならわたしのこともっと見てください。聞いてんの?ねえ、静雄。好きならわたしが誰を好きかくらい態度を見てわかってくれたっていいんじゃないの。

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