("仮初の噺"の続き)

わたしは晋助のことが好きだった。そして、少しでも共通点がほしいと思って始めた煙草は彼が消えてからもずっとやめられなかった。これはもう中毒に近かった。
銀時がわたしに真っ正面から想いを告げてくれたとき、応えてあげたいと思った。銀時と付き合うようになって、下らない理由で始めた煙草もやめるように努力をした。でも、何故か出来なかった。いなくなってしまった晋助のことを忘れてしまわないようにとやめることが出来なかった。ずっと抱き続けた想いを煙草の火のようにぐしゃりと消すことが出来なかった。
銀時はそんなわたしの想いを告白する前からわかっていたんだろう。それさえも理解した上で、大きな気持ちでわたしを愛してくれた。嬉しい反面、怖かった。だから煙草で気を紛らわす。銀時の愛を煙でぼやかして、正面から見えないようにと逃げていた。
好きと言ったのは嘘じゃない、けど、銀時のように真っ正面から銀時を見ることが出来なかった。少しでも消えないこの想いが邪魔して、罪悪感ばかりがわたしの心に充満していった。応えてあげたかったのに、できなかった。


ふらりと街中に現れた影にどきりとしてそれを追った。銀時だけを見続けようと決めていた心が一気に崩れ去ってその影の虜になった。そして久しぶりに正面から彼を見据えた時、銀時の笑顔は頭からは消え失せていた。

焦がれていた人が隣にいる。でも、ふと冷静になったわたしは忘れていた銀時の愛を思い出す。銀時はいつだってわたしのことをそれはもう優しい瞳で見つめてくれていた。

「名前」
わたしの名前を呼ぶ声に色がない。頬に振れる手が冷たい。合わさる唇がとても苦い。わたしはずっと彼に触れてほしくて仕方なかったのにどうしてだろう、とても苦しい。そんなわたしを見た晋助の口元が弧を描く。
「随分と銀時の毒にやられちまったみてェだな」
「そんなこと、ない」
「じゃあもっと喜べよ」
そう言って晋助の舌がわたしの首筋を這う。ぴくりと身体が震え、ぎゅっと瞳を閉じた。思わず触れた頭に違和感を覚える。あのふわふわの髪の毛じゃない。さらさらの髪の毛。晋助に触れる度に銀時を思い出して苦しくなった。忘れてしまいたいと晋助のことを強く抱き締めた。この熱に溶けて消えてなくなってしまいたいとさえ思った。どうして、こんなにも。
「…飽きた」
ぱっと離れた身体が背を向ける。窓際に腰掛けた晋助が煙管を口に咥え、溜め息にも似た呼吸で煙を吐き出した。その姿が、好きだったのに。
「おめェ、もう帰れ」
「…嫌」
「嫌だァ?んな面していつまでも俺の隣にいるつもりか」
「だってわたし晋助のこと…」
「んな辛気くせェ面の女、傍に置きたかねェんだよ」
消えろ。晋助の声は、今までに聞いたこともない冷ややかな色をしていた。それに思わず涙が溢れる。きっと晋助はこんなわたしを見てさらに嫌気がさしているだろう。晋助の気持ちは言われなくたってわかる。空気がすぐに変わるから。これ以上ここにいたら本当に嫌われてしまう。面倒な女にはなりたくない。少しでも晋助にはよく思われていたいのが本心だった。でも、出て行ったとして銀時には顔向けできるわけがない。あの街に戻ればきっと銀時に見つかる。そのとき、わたしはどんな顔をして彼に会えばいい?

それでも仕方なくここを出て行くことにした。晋助の言う通りだ。もう随分と銀時の毒にやられてる。でも、これは毒じゃない。愛だ。彼の愛が、わたしを変えてしまったんだ。やっと気付いた。わたしはもう晋助じゃなくて銀時に惹かれているって。馬鹿みたい。今さら気付いたって遅いのに。もう手遅れなのに。

部屋を後にしようと歩き出した。でも、それを晋助が許さなかった。消えろと言った筈の腕がわたしを掴んで、乱暴に唇を奪って、いつになく余裕のない晋助の表情はわたしの心を更に締め付けた。そして出て行けと促すように背中を軽く押される。襖が閉まり、部屋の明かりが遮断された。




わたしは一体何がしたかったんだろう。あの時、あの影を見かけていなかったらこんなことにはならなかったのに。でもこうならなければ銀時の気持ちに本当の意味で気付くことは出来なかったと思う。改めて彼の愛の温かさを知る。

何週間かぶりに街に戻った。相変わらずの景色に、夢を見ていたのかもしれないという錯角に陥る。けど、この気持ちの変化が夢なんかじゃなかったという現実を押し付ける。
銀時はこの時間をどのように過ごしていただろう。どんな気持ちでいただろう。わたしを思って泣いたかな、寂しかったかな。でもきっと怒っているだろうな。勝手に消えて、裏切って。銀時の思っていた通りになってしまった。不安を現実に変えてしまった。わたしは最低だ。ごめんね、銀時。会いたくてたまらなかったけど、いくら謝ってもきっとわたしは許してもらえない。だから、もう銀時には会わない方がいい。
あんなに誠実にしてくれていたのに。ごめんなさい。

この部屋も、引っ越さないと。銀時との思い出がたくさん詰まった部屋。馬鹿馬鹿しい理由で始めた煙草の匂いがこびり付いたこの部屋。もうなにもかも綺麗にして、また新しく始めよう。そう思ってたのに。

「…おう、おかえり」

灰皿も吸い殻も、あの独特の匂いも。全部消えて甘ったるい匂いを漂わせる部屋の隅っこには、数週間分のジャンプが積まれていた。

130129
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