【幸せな日々】 千羽陽×舞白 ※妊夫姦 マトリョーシ姦鐘の音が聞こえる。 誰もが、否、人間だけじゃない、神とかいうのがいるならば、 そいつまでも、とにかくこの世界に在るもの全てが、祝福しているようだ。 いや、しているに違いない。 俺は目の前の弟の顔を見詰める。 頬を染めて、恥じらうように、しかし確実に幸せを掴んだ顔だ。 少し首を傾げると、美しい白髪が薄紅の頬にかかる。 「……兄さん、あんまり、見詰めないで下さい。恥ずかしくて、穴が開きそう」 思わずガッツポーズをしたくなる、この愛らしさ。 末弟の椿のあざとさとはまた違う可愛さ。流石我が弟。 兄の心臓を握り潰すことなど朝飯前のキュートさである。 俺が脳内で宴会を催し一升瓶を煽っていると、舞白が少し拗ねたように眉を寄せた。 まだ膨らまない腹をさすり、 「兄さんの、子……なんですよ? あんまり、嬉しくないですか……?」 どっせい!!嬉しくないわけあるか!!嬉しいわ! 地球の裏側まで挨拶しに行きそうな勢いだぞ俺は!!と内心叫びつつ、 乱心している様を見せては男が廃るので、俺はクールに答えた。 「嬉しくないわけないだろう。まさか俺とお前の間に子供を作れるとはな。毎晩毎晩、誠心誠意愛情を注いだ甲斐があったというものだ」 手を伸ばし、舞白の手の上から腹をさする。 舞白の手は、細く柔らかい。だが男らしい骨っぽさもある。 中性的な美しさを持っている。 その手を触っているうちに、俺の中のマグマのような想いが猛り始めた。 舞白への愛情だ。 俺は舞白の手を握り、指を絡ませ、水掻きを擦り、掌を撫で、手首から袖の中へ指を滑らせた。ぴくり、と舞白が反応する。 目の前にある煽情的な首筋に齧り付く俺の右耳に、舞白の息が触れる。 「兄さん……?まさか、その……、駄目ですよ?母体は安静にってお医者様がっ……あっ、だめっ」 「〈お前〉は、欲しているようだがな?」 まだ膨らんでいない腹の下、男にしか付いていないそれをむずと掴むと、むくむくと膨らみだした。穴との間を擦り、袋とモノを一緒くたに揉みしだく。 あっという間に舞白の顔は上気して、さっきのような薄紅色から濃く艶やかな紅色へと変わる。 「兄さん……駄目です、って、ば……」 言葉とは裏腹に、ふにゃふにゃと崩れ落ちて、その場でへたり込んでしまった。 ああ可愛い。 俺の舞白。お前も、お前の腹の中の子も、可愛い……。 当然俺に舞白を運ぶ筋力体力など無いわけで、召使いに運ばせた。 暗い寝室。畳の上、ぴったりとくっつけられたふたつの布団。枕元には小さな灯り、手拭い、懐紙。御簾で囲まれたそこに、弟とふたりきり。 否、3人か。右側の布団に寝かされた舞白が、蕩けた声で誘う。 「兄さん……駄目ですってばぁ……僕、お腹に……赤ちゃんが、んっ」 最後まで言わせず口を塞ぐ。唇を舐め、上下の歯の隙間から下を捩込む。 「んん、ん、ふぁ、にいしゃ……ぁ」 口付けをしながら着物を脱がせていく。 胴を抱えるように腕を回し、帯を解く。右手で胸元をまさぐりながら、左手で小さく締まった尻を暫く撫で回し、すいっと割れ目に指を落とした。 途端、舞白の肩がびくびくと跳ね、いい声が出る。 「あっにいさ、だめっ、そこっ」 俺の肩に顔を埋めてぎゅうぎゅう抱きしめながら言っても、誘い文句にしか聞こえない。 「いいじゃないか舞白、腹の子ごと愛してやるよ」 耳元で囁けば、撫ぜられている穴がひくひくと痙攣するのを知っている。 「だめぇ……おなかに、あかちゃん、いる……のに……にいさん、の……いれちゃっ」 まあ今まで愛らしいだとか可愛らしいだとか云々かんぬんと婉曲表現してきたわけだが、ここまで来たら直接表現でもよかろう。えろい。 俺は舞白の入り口を解しながら、美味そうな熱い頬を舐めてやる。 「俺の準備は万端だが……舞白?お前はどうする……?」 至近距離で見つめた瞳は、潤んでぼやけて欲望しか映せないようだった。 「兄さんの……欲しい、です……」 「いい子だ、舞白」 頬に優しく接吻しながら、俺は思った。 俺たちはきっと幸せになるだろう。今まであった破天荒な事態も不吉な出来事も、気にしなくていいだろう。 性交で緩んだ頭で、俺はそう確信した。 当然毎晩やった。やったとは、性交のことだ。 逆に、やらないわけがないのだ。俺の弟はあんなにえろいのだから。 そうこうして、十月十日、舞白の腹は極限まで膨れ上がり、ある月が綺麗な晩、俺たちの子供が産まれた。甲高い声と共に。 俺はその時、自室にいた。何をしていたかと言えば、酒を飲んでいた。 何故なら暇だったから。 ノック無しに、勢いよく部屋の戸が開いた。 「千羽揚様!舞白様の、お子様が……元気な男の子が、お生まれになりました!それも、双子で!」 盃を落とした。鼻の奥でつんとアルコールが匂った。 何か叫んでる気はするが、自分が何を言っているのか解らない。 俺は一目散に舞白の部屋へと走った。立ち上がった時に膝と腰が盛大に鳴って、走り出したら左脚のふくらはぎが攣って、右足を挫きかけて、肺と胃と心臓が痛んで、死ぬかと思った。 が、死なずに舞白の元に辿り着いた。 「舞白!やったな!俺たちの子だ!!」 部屋には、舞白と、椿と、産婆と、その手伝いの若い娘と、俺たちの子供が、 「兄さん。見て……可愛いでしょう。綺麗なお顔……兄さんに、そっくり」 「お兄様、よかったわね。とても綺麗な子たちだわ。珠のような、ってこういうことね」 「こども……?」 何を言っているんだ? 「見えませんか、兄さん?ほら、そこに、産婆さんが抱えて下さっている……」 そこのババアが抱えているのは馬鹿でかい虫だぞ? 俺は部屋の入り口から一歩も動けなかった。 そこから見えるのは、舞白、椿、産婆、手伝いの娘……そして虫が2匹。 産婆と娘のそれぞれの腕の中で、うぞうぞと多すぎる足を動かして、巨大な上顎の付いた口を開閉している。 何か分泌しているようで、黄色っぽい液体がたらぁっと垂れ、娘の腕に引っかかってぶら下がった。 どちらの虫も、甲虫類としか思えない光沢を見せている。 腹だけは芋虫のように丸っこい足が並び、液体を包んでいるような皮膚で覆われている。 なんなんだ?これは。虫なのか?虫にしか見えないが、俺の知っているどの虫にも似ていない。 腹は柔らかそうだか、背中はどうなんだ? 仰向けに抱えられていてわからない。目はふたつ……だが、大きすぎる。 それも頭部の正面ではなく、側面に付いている。 瞬きができるようには思えない。 ぎょろぎょろと白っぽい目玉が動いているのはわかるが。 目頭の直ぐ上に付いているのは、睫毛かと思ったら触角のようにも見える。 もしかしたら、ただの糸屑が付いているだけかもしれない。 そうは見えないがそう思いたい。 それに人間で言う尾骨がかなり発達していないか?しかも黒光りしている。 絶対に触りたくない。そう、思ってしまう。 これが、俺と舞白の子供だと? 「兄さん……?赤ちゃんに……触ってみて下さい。とても柔らかくて、愛らしいですよ」 部屋に入ろうとしない俺に困惑したように、舞白が勧める。椿も、ほら、と促す。 「い、や、俺は……」 目尻がひりひりと痛い。喉が潰れてしまったように声が出ない。 無意識に、踵が後退していた。 室内の様子が入り口の枠に切り取られてまるで絵画のようだ。タイトルは?幸せな日々、といったところか。 布団の上で子供を見つめる舞白。寄り添う美しい弟、椿。 女ふたりが産まれたばかりの子らを真白い布でくるんでいる。 そういったものたちを、橙色の暖かな灯りが包んでいる。 俺は暫くその絵に見惚れた。 「千羽揚様?入らないので?」 俺の直ぐ後ろに控えていた召使いの声で我に帰った。 直後に辺りは暗くなり、目の前に巨大な虫が現れ、俺の眼前で上顎を持ち上げ、粘っこい液体を俺の鼻から口元に垂らした。 「あああぁぁぁぁああぁぁあぁあああああ!!!!!」 世界がぐるりと回って俺に嗤った。幸せな日々。幸せな日々。その言葉が耳の中でごそごそと蠢いた。 真っ暗な家の中で、俺はめちゃくちゃに逃げ回って、何度も転んで、そのうち疲れて、ある和室で倒れこんだ。 そこにはふたつの布団がぴったりくっつけて敷いてあり、枕元には小さな灯りと手拭いと懐紙。 くぐった記憶がない御簾に囲まれ、ぱたりと目蓋が下りた。 (7/20) 前へ* 目次 #次へ栞を挟む |