【願求環】9


続ノ先.

蛇は何を遺して逝ったか。



「私はあのふたりの間には入れなかったわ」

ずり落ちそうなコートを引き寄せて俯く。

「いいえ、入りたいと思ってはいなかったの。ただ眺めていたわ。ただ眺めていて……せめて、幸せになってほしかったの。あんな終わり方ではなくて」

幸せに?

「舞白兄様は幸せだったかしら。そうは見えなかったわ。千羽揚兄様は幸せだったかしら。そうは見えなかったわ。ふたりとも求め合っていたのに、どうしてふたりとも傷つけ合うのかしら」

傷?

「見ていて悲しかったの。誰よりも悲しかったのは舞白兄様でしょうけれど。きっとふたりは愛し合うことができたでしょうに」

愛?

ああだから。この方はこんなにも美しい。

店を出る直前の、先輩の咎めるような突き刺すような目をまた思い出す。思い出しただけでまた掻き消える。昔付けていた首輪の鈴がちりんと鳴る。鳴った気がしただけで今首元には何もない。
自分の口角がいやに吊り上がる感覚。日向の猫みたいに、きゅうと瞳孔が締まる感覚。花を纏う黒真珠を見ている自分を感じる。

「この話には続きがあるのですよ」

先輩、ごめんね?なんちゃって。

「聞きたいでしょう?」

黒真珠が傾くより先に俺は喉を鳴らした。



彼を追放してから、俺はよく‘当主’に呼び出されるようになった。
染められる白がなくなり、相変わらず花に触れられない為の代用品だ。

「疼く……早く挿れろ」

なんの色気もない。求めちゃいないけど。
上気した頬も震える唇も立たない腰も求める瞳も。俺には全て不本意だった。

「はい」

膝立ちをして、男の頭を両側から掴んで固定して、すぐに挿入を始める。

「ぅあ、う、あっ、あっ」

気持ち悪い。
自分を励ましながら穴を穿り回す。男の熱い息が太股にあたる。
ぺたりと座り込んで俺からは見えない股間を床にこすりつけている。

「もっ……もっと、乱暴にしろ、もっと……」
「……はい」

狂ってやがる。
小さな範囲でひたすらに工夫して腰を動かす。
解したところで柔らかくなる穴ではないし、こちらのものは気持ちいいどころか痛みさえ感じる。彼はどうやっただろうか。出来るだけ想像して行動するが。

「もっと」

せがまれてしまう。命令通りに強く突こうとしたところで、つぅと一筋の血液が男の頬を滑り落ちた。

「‘当主’、これ以上は、もう」
「ちっ」

ぬぽ、と自ら抜いて、へたり込む。
がくがくと肩が、頭が震え、何か吐こうとするも何も出せず、激しく震える手で穴を押さえる。

「消毒を」
「もういい。退がれ」
「ですが」

心底面倒くさい。
彼は何てものを遺して逝ったのか。男のお守りが回ってきてしまったのだ、俺に。

「退がれ」
「膿んでしまいます、せめて消毒を。すぐに」


服を直して布団に寝かせ、自分の服も直して部屋を出る。
心底面倒くさいのだ。
心底面倒くさいのだから、俺はいつか彼が遺したものたちを棄ててしまうだろう。
真夜中の為に使用人はもういないから、救急箱を手に戻り俺が手当をする。
真っ暗い穴に、アルコールを染ませた脱脂綿をそっと当てる。

「やめろ!!くっそ!!」
「消毒しないと、後で大変ですから……」
「どうでもよいのだ……もう、どうでも」

泣きべそをかく男を見下ろしながら、俺は心の中でぶつぶつと呟く。

本当は、彼を棄てたくなかったのだろう?
本当は、彼を愛したかったのだろう?
拗れ拗らせ、取り返しのつかないことになってしまった。
もう取り戻せない彼を、それでも求めてしまう彼を、疼く穴を、こうして代用品で補完しようというのだろう?

くだらない。

目の際や目蓋も綺麗に拭いて、ガーゼを当て、眼帯を着ける。

「いじらないで下さいね」

まるで彼のように言ってみたところで、俺が吐き気をおぼえるだけだった。

「もういい。早く退がれ」

何も見えていない男に一礼して部屋を出る。



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