【願求環】4 

願求環

始ノ始
蛇は何をノコしてイくか。



大胆な刺繍と繊細な色合いを纏い、大きく綺麗な瞳で俺を捕らえて、言った。

「ねえ、もうこのお話しはお終いにしましょうよ」

蛇の、糸のような舌に全身を嘗め回されるような感覚が。

「ねえ、貴方の口で、お終いにしましょうよ」

蛇の、黒真珠の瞳に似ている、と思った。
その黒真珠のぴかぴかの表面に、俺が捕らわれているのが見える。

「ねえ。ヤマト」

一瞬、先輩の顔が浮かぶ。
さっきの喫茶店で、俺を睨んでいた先輩の顔。
いつも、俺たちの話を気にしているのを、俺は知っている。
話すな、と言いたいのだ。
一瞬、先輩の顔が浮かんだ。
けど、それはほんの一瞬だったから、すぐに掻き消えてしまった。



狂ってる。
彼の白い肌にここにいる全ての奴らの目が釘付けになっているのだろう。
胸糞悪い。
彼の、薄い胸板や、骨っぽい肘や手首や、浮き出た鎖骨や腰骨や、形の良い尻や、筋肉の少ない腿や脹脛や、そういったものが、とにかく彼の体の全てが、傍聴人共に晒されているのだ。
そして傍聴人共は値踏みするようにねちっこい視線を向けているのだ。
全身を剥かれた彼は、さっきまでの凜とした表情が若干溶けて、不安そうな恥ずかしそうな、少し嫌そうな顔になっている。
伏し目がちに睫毛を下ろして、右手で左腕をさすっている。
“当主”が立ち上がった。
彼の肩が僅かに跳ねる。

「罰を始める」

高らかに宣言される。ガン、と硬い音が響く。
傍聴人共が色めき立つ。どうして裁判なんかに、こんなに大勢の傍聴人が集まったのか――この時の為だ。
彼が剥き身にされ、罰が行われるのを見たいが為だ。
彼の罰を見る為だ。
彼の罰は予想されていた。そして予想通りの罰が下った。
裁判を知らされていた屋敷の親戚共や関係者共や取引先の奴らがこぞって彼の公開処刑を見ようと集まったのだ。
そいつらの狂った熱気が、さっきまでの凍てついていた空気をどろどろに溶かす。
“当主”が彼のすぐ傍まで辿り着いた。
彼は床に正座させられる。
“当主”が剥き出しの足で彼の顎を持ち上げる。
ふたりは言葉を交わさない。
彼は愛する人を見つめる。
愛される人の足の親指が、彼の顎から、唇、頬を伝って、目元に至り、止まった。

ピシリ、と空気が凝った。

次の瞬間、彼の左目に愛する人の足指が滑り込んで、生暖かさを想像させる球体を抉り始めた。

ッ!!!!」

彼は素早く自分の利き手を口に突っ込み、反対の手を床に付いて体を支えた。
愛する人の足指が、ゆっくりと、焦らすようにゆっくりと、眼孔の内壁を時計回りに移動し、真っ赤な液体を押し出す。
彼の噛み締める手からも同じ色の液体が流れて、すぐにふたりのいる地面は血に濡れた。眼孔を抉る指が一周し終えると、張りのある柔らかそうな球体がずるりと落ちた。
彼の白い体躯が震えている。
支えている腕は、肘から崩折れそうだ。
穴から足指を抜いて、愛する人は漸くしゃがみ、彼と目線の高さを合わせ、にったりと笑った。
彼は歯が手の骨に引っ掛かって上手く喋れないでいる。

「同じことをされる気分はどうだ?」
「不思議なものだな、左眼からは血が流れているのに、右眼からは涙が流れるなんて」
「のう、愛していると、言ってみろ」

あっ、と詰まった空気が一息に放たれる音がして、彼の口から手が離れた。

「あ、愛して……あいして、います……」

傍聴人共が歓喜の溜息を吐く。まるで結婚の誓いのようだ、などと。

「くっ、くっ、くっ」

相変わらず愛される人は愛す人の言葉を躱す。
愛す人の前髪を掴んで顔を持ち上げ、自分の股間に押し付ける――。

「舐めろ」

床から手が離れ、愛する人の着物を掴む。後ろに傾いていた胴体が前のめりになる。白い後頭部を見下ろしながら、愛される人は喋る。

「目ン玉なんぞくり抜いて、俺が勃つと思うか?」
「ちゃんと勃たせろ」
「腐った豚共がお前の醜態を見ているぞ」
「しゃぶれ」

赤い手と白い手が愛する人の着物をまさぐり、はだけさせ、直に触る。
愛される人の口角がぐいと上がった。
唾液と血と涙と先走りで、さぞかしよく濡れていることだろう。
静まり返った空間に、濡れた音がよく響く。
傍聴人共は興奮して唾を飲む。何人か、慌てて部屋を出て行った。
俺はそれを横目で見て、呆れて溜息を吐く。
本当に、腐った豚共だ。
奴の言葉は的を射ていたのだ。
ぴちゃ、ぴちゃ、じゅる。
いつまで続くのかと思うほど長々と水音が響き、彼の手が再び床に触れた。

「もういい」

同時に彼の頭が押し退けられ、勢いのまま後ろに倒れる。
折っていた膝が自然と上がり、足を開いて見せているようになる。愛される人は、自分に向けて開かれた腿の奥を満足そうに眺め、また笑った。

「変態め」

傍聴人共は光景を想像し、どよどよとさんざめく。
彼はまた手を噛んだ。愛する人が彼の恥部に触り始めたからだ。

「見られて興奮しているのか?」
「とんだ変態だな」
「まさかとは思うが」

ぴたり、愛される人が動きを止め、数秒の静寂を挟んで、顔と顔を突き合わせた。

「正しく犯してもらえるなどと思ってはいまいな?」

俺は疲れて俯いた。
ふたりから意識を離す。
俺はさっき、彼の罪状を耳にしている。
『同じ行為を受けること』。
だから、彼は眼を抉られ、これから眼窩を犯されるのだ。
後ろの穴ではなく。男同士なら、お互いに気持ちよくなるなら、挿入れるべき場所ではなく。
あの方のことを思った。裁判の判決が下る直前に、部屋から出したのだ。殆ど、追い出した形で。先輩も一緒に出た。俺が残った。俺は大丈夫だろう、と先輩は言った。
確かに、特に衝撃も呵責もない。
ただ、見てるだけだ。聞いているだけだ。

俺は顔を上げた。

丁度俺の真ん前で、左側に“当主”、右側に彼。
彼は尿道に金属のストッパーを挿入れられて、汗をたくさんかいている。
左目からはまだ血が流れている。
愛される人が膝立ちになって、彼の頭を押さえる。
彼は前屈みになって、自ら眼窩を当てる。ずちゅ、と小さく音が鳴った。

愛される人の顔が歪んだ。
愛す人の頭を抱えるように前に傾いた時、左目に被さっている髪の毛の隙間から、真っ暗な穴が見えた。
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