【願求環】3


終ノ終.

彼の処罰が宣告された。彼は静かに目蓋を半分下ろし、

「わたくしは、罰を受け入れることを、ここに宣誓します」

と言った。

「わたくしは、罰を全うすることを、ここに宣誓します」

と言った。

「わたくしは、罰を全うするまで、人間としての全ての権利を放棄することを、ここに宣誓します」

と言った。
“当主”がまたにやりと笑った。
そうして彼の罪と罰が決定した。



もうそのお話はやめましょうよ、とは言わないのだった。
この方は、きっと兄譲りの透き通った声と涼しげな顔で、ただ合わせて語ってくれるのだ。
まるで未亡人だ。

「嫌だわ、未亡人だなんて、私を振ったのは貴方じゃないの」

わざと話を逸らされた。

「それはまた違う話じゃありませんか」

俺の言葉を微笑んで薙いで、華奢なティーカップがよく似合う指と唇で紅茶を一口。

「ねえ、リツのお茶は相変わらず美味しいわね」

カウンターにいるリツ先輩にも聞こえるくらいの声量で言った。
ーーやっぱり、この話題は嫌なのだろう。
当然だろうが。
だから、俺も無理に話を進めようとはしない。
同じようにティーカップから紅茶を一口飲む。

「そうですね。さすが先輩です」

カップを置く時に、少し音を立ててしまった。ぎくりとしてカウンターを見遣ると、案の定先輩がこちらを睨んでいた。スコーンを運んで来て、ついでのように小言が始まる。

「お前のマナーは相変わらずだな」
「先輩や椿嬢と比べないで下さいよ」

俺だって屋敷で働いていたくらいだからそれなりにマナーは出来ているほうなのだ。
ただ屋敷の人達や先輩などと比べられたら見劣りするだけで。
話はすっかり終わってしまった。
洋菓子の話で盛り上がるふたりを眺めながら、ぼんやりと考えに耽る。
あの後、彼は宣告された処罰を全うした。
それからあの家の人間に戻ったのだが、当然居場所は潰されていたために出て行かざるを得なかった。
この方はその時ほど自分の無力さを感じたことは無いだろう。
大きな目をいっぱいに開いて、出て行く白い姿を凝視していたのを忘れられない。
真冬の、雪が降り積もる日だった。
時々瞬きをして涙を落としながら、網膜に焼き付けるように彼の後ろ姿を見ていた。
そして俺はその後ろ姿を見ていた。

「そろそろお暇するわ」

その言葉に我に帰る。

「ねえ、このスコーン、包んで頂戴。折角の出来立てで勿体ないけれど、時間が無いの」

いつの間にか外は真っ赤だ。俺とこの方がここで落ち合ったのは昼頃だった。
随分と長居していたのだ。

「ヤマト、送ってくれるでしょう」
「勿論」

にっこりと笑い合う。俺はもう、屋敷の人間じゃない。
この方の側を離れてしまった。
だけど一緒に出掛ければ家まで送るし、買い物をすれば荷物を持つ。
当然のこととして認識している、というのは半分“ごっこ”で、結局はただあの頃の関係が惜しいのだろう。

多分、お互いに。

「お前はもっと連絡寄越せ。店に顔出せ。なんならここで働け」

という小言をスコーンと一緒に受け取って、カラランとベルを鳴らしながら店を出る。
大胆な刺繍と繊細な色合いのショールがはためいた。
こんなものが似合う男性はこの世にこの方だけに違いない。
目の前の背中を見つめながら、また考えに耽りそうになったところで、引き戻される。

「すっかり変わってしまったわね」
「あの頃から?」
「そうよ」

俺は一旦口を閉じた。

「あれでよかったのかはわからないけれど、でも、いつだって……何にだって、終わりはあるわ。そうでしょう?」
「……そうです」

何にだって終わりはあるのだ。どんな形であれ。どんな経緯であれ。
いつだって、何にだって、終わりはあるのだ。

「終わってしまったことは仕方ないわ」

顔をあげると、長い睫毛が赤い空気を反射した。
薄荷が混じった風に吹かれて肌寒いのか、ショールを手繰り寄せる。

もはや懐かしい門扉の前で、お別れの挨拶をする。

「またね。連絡するわ」
「いつでも」

綺麗な目は、しっかり前を見ていた。

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