【願求環】3終ノ終. 彼の処罰が宣告された。彼は静かに目蓋を半分下ろし、 「わたくしは、罰を受け入れることを、ここに宣誓します」 と言った。 「わたくしは、罰を全うすることを、ここに宣誓します」 と言った。 「わたくしは、罰を全うするまで、人間としての全ての権利を放棄することを、ここに宣誓します」 と言った。 “当主”がまたにやりと笑った。 そうして彼の罪と罰が決定した。 * もうそのお話はやめましょうよ、とは言わないのだった。 この方は、きっと兄譲りの透き通った声と涼しげな顔で、ただ合わせて語ってくれるのだ。 まるで未亡人だ。 「嫌だわ、未亡人だなんて、私を振ったのは貴方じゃないの」 わざと話を逸らされた。 「それはまた違う話じゃありませんか」 俺の言葉を微笑んで薙いで、華奢なティーカップがよく似合う指と唇で紅茶を一口。 「ねえ、リツのお茶は相変わらず美味しいわね」 カウンターにいるリツ先輩にも聞こえるくらいの声量で言った。 ーーやっぱり、この話題は嫌なのだろう。 当然だろうが。 だから、俺も無理に話を進めようとはしない。 同じようにティーカップから紅茶を一口飲む。 「そうですね。さすが先輩です」 カップを置く時に、少し音を立ててしまった。ぎくりとしてカウンターを見遣ると、案の定先輩がこちらを睨んでいた。スコーンを運んで来て、ついでのように小言が始まる。 「お前のマナーは相変わらずだな」 「先輩や椿嬢と比べないで下さいよ」 俺だって屋敷で働いていたくらいだからそれなりにマナーは出来ているほうなのだ。 ただ屋敷の人達や先輩などと比べられたら見劣りするだけで。 話はすっかり終わってしまった。 洋菓子の話で盛り上がるふたりを眺めながら、ぼんやりと考えに耽る。 あの後、彼は宣告された処罰を全うした。 それからあの家の人間に戻ったのだが、当然居場所は潰されていたために出て行かざるを得なかった。 この方はその時ほど自分の無力さを感じたことは無いだろう。 大きな目をいっぱいに開いて、出て行く白い姿を凝視していたのを忘れられない。 真冬の、雪が降り積もる日だった。 時々瞬きをして涙を落としながら、網膜に焼き付けるように彼の後ろ姿を見ていた。 そして俺はその後ろ姿を見ていた。 「そろそろお暇するわ」 その言葉に我に帰る。 「ねえ、このスコーン、包んで頂戴。折角の出来立てで勿体ないけれど、時間が無いの」 いつの間にか外は真っ赤だ。俺とこの方がここで落ち合ったのは昼頃だった。 随分と長居していたのだ。 「ヤマト、送ってくれるでしょう」 「勿論」 にっこりと笑い合う。俺はもう、屋敷の人間じゃない。 この方の側を離れてしまった。 だけど一緒に出掛ければ家まで送るし、買い物をすれば荷物を持つ。 当然のこととして認識している、というのは半分“ごっこ”で、結局はただあの頃の関係が惜しいのだろう。 多分、お互いに。 「お前はもっと連絡寄越せ。店に顔出せ。なんならここで働け」 という小言をスコーンと一緒に受け取って、カラランとベルを鳴らしながら店を出る。 大胆な刺繍と繊細な色合いのショールがはためいた。 こんなものが似合う男性はこの世にこの方だけに違いない。 目の前の背中を見つめながら、また考えに耽りそうになったところで、引き戻される。 「すっかり変わってしまったわね」 「あの頃から?」 「そうよ」 俺は一旦口を閉じた。 「あれでよかったのかはわからないけれど、でも、いつだって……何にだって、終わりはあるわ。そうでしょう?」 「……そうです」 何にだって終わりはあるのだ。どんな形であれ。どんな経緯であれ。 いつだって、何にだって、終わりはあるのだ。 「終わってしまったことは仕方ないわ」 顔をあげると、長い睫毛が赤い空気を反射した。 薄荷が混じった風に吹かれて肌寒いのか、ショールを手繰り寄せる。 もはや懐かしい門扉の前で、お別れの挨拶をする。 「またね。連絡するわ」 「いつでも」 綺麗な目は、しっかり前を見ていた。 (10/20) 前へ* 目次 #次へ栞を挟む |