「今日はアイツはいねぇよ」
「…」
「そんな睨むなよ、別に俺がアイツを押しこめているワケじゃねーんだ。連日の疲れが溜まってぶっ倒れるように寝ちまってるから俺が出てきてるだけ。」
兄上様は不機嫌そうにこちらを見る。昨日だって舞白のことを寝かせなかったのは誰だって言うんだ。ドクターストップならぬシャドーストップが出たわけである。兄上様が機嫌が悪いことは舞白の中から見ていた。それを舞白は直に受け止めているのだから、そう長く耐えられるわけもない。昨日ああだったのだから今日は来ないものだろうと思っていたと言うのに襖を開けて俺を見下ろしたのは昨日と何も変わらない兄上様だった。しかしここで舞白を出すわけにはいかない。兄上様は襖をぴしゃりと閉めて胡坐をかいた俺に近づいてくる。
「あのなぁ俺と舞白は人格は別だとしても肉体は共有しているんだよ。俺だろうが舞白だろうが今日は兄上様に付き合っている暇はねーの。」
「ふん、すぐに寝かせてやるからそんなに体に負担はかけんよ。」
「…はぁ、なんだ、ソレ?昨日みたいなねちっこいセックスはお断りだぜ」
舞白はこの兄上様のことが好きだ、ああ、だから俺もこの兄上様が好きなのだ。それは認めるほかないだろう。俺は兄上様のことを愛しているさ。舞白のような愛され方はされない。舞白のような愛し方もできない。きっと愛とは呼べないかもしれない。それでも俺は兄上様のコレを否定する術を持ち合わせていない。兄上様は徐に俺の束ねられた三つ編みを手に取るとぐいと引っ張る。頭皮が引き攣るのを感じながら俺は兄上様を見つめた。
「朔黒、俺はお前の顔が歪むのが好きだ」
「…はは、そうかよ」
「だからこれはお前を嫌っているのではない」
そうだろう?と聞かれるけれどそんなこと俺に聞かないでほしい。アンタがしたけりゃすればいい。俺はその通り傀儡になるほかないのだから。兄上様は俺の頬に重たい拳を叩き込んだ。予想通りの反応だ。兄上様は俺の身体を、いや、舞白の身体を何度も、何度も、ぼろぼろにしていく。その冷たい暴力が全身を駆けていくたびに、兄上様が笑うのだ。白い肌はだんだんと痛みによって赤味を浮かび上がらせる。口の中も血の味でもう視界はぐらぐらだ。鏡に姿を映したらきっとバケモノみたいに腫れ上がった姿があるのだろう。兄上様、そんな風な目でこっちを見るのは兄弟としてどうなんだよ、なんて言葉を発することもできない。もう俺が生まれた過程で俺たちの兄弟、なんていうそれはなかったも同然なのだから。
「朔黒、痛いか?」
「ああ、声も出ないのか」
「目を閉じたいなら閉じればいい」
そんなことしたらアンタの顔が見えなくなるだろうが。すでに輪郭すらもぼんやりしていて人の判別すら難しいのだけれど。ひゅ、と息を吸って掠れた声を絞り出す。
「臆病者」
当たり前だけれどもまた殴られた。今日は何本骨が折れただろうか。アンタはどうやって人を愛すべきなのかわからないからいろんな手段を使おうと俺たちで実験しているにすぎない。いつになったらその問いの答えは出るんだ?そして、その答え以外だった愛され方をされたほうはどうしたらいい?別に、今の愛し方を採用しろとは言わねぇよ。ただ、お前が舞白以外の愛し方を採用した場合、俺は今アンタから受けている愛を全部返してやる。絶対に許しちゃやらねぇから覚悟しておけ。正しい愛し方を知りたいとわめき散らす前に自分に向けられている愛ってやつに気づくべきだ。それができねぇっていうのならばわかりやすい暴力ってカタチでそれをアンタに示してやる。昨日の爪痕が残っているからか、すんなり兄上のそれは俺のナカにさも当たり前のように入ってくる。聞こえる音もすべてが不協和音に聞こえるので今が最中だなんてことも全く分からない。これが悪夢なのか夢なのか、俺にはわからない。しかし俺は別に思考しなくてもいいのだ。いつか消える存在なのだから。へらりと笑う。
「ちゃんと、舞白を愛せよ、そして、俺を消してみろよ」
その言葉は音にならなかった。