*癒えない絆
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*ちはしろ



 夜も更け日付も変わろうという時間、舞白は自室で寝る支度をしていた。風呂上がりの湿り気を含んだ髪をタオルに包み、布団を敷く。昔は布団の上げ下ろしなども使用人任せにしていたのだが、部屋という自分の空間を確保するために、自分でするようになった。洗濯や料理は任せているが、掃除も自分で行うことが多い。
 綺麗に敷かれた布団に満足そうに1つ頷いて、髪の毛を包んでいたタオルを部屋の隅に置かれた洗濯籠に入れる。あとは布団に入って目を閉じるだけ・・・となったところで、部屋の外に人影。
「・・・どうかしたんですか?」
だいたいの用件を察しつつも、そう問いかければ、部屋の外の人影・・・それなりの付き合いになる古株の使用人は困ったような声で告げる。
「舞白さま。夜分遅くに申し訳ありません。千羽陽さまがお呼びです」
「分かりました。すぐに行きます」
もういつもの事なので今更、異を唱えるつもりなどなく、むしろ呼ばれたことで頼られているのだろうかとすら思い始める思考をそっとしまい込んで、布団をそのままに部屋を出る。
 用件を伝えてしまえば、使用人は自分たちの待機する部屋へ戻っていくので、廊下は無人だ。明かりが落とされ、最低限の光と月明かりに照らされたそこは薄暗い。その中を舞白は足早に進む。普段の格好とは違い、寝間着にしている浴衣だけでは、夜の風はまだ少し肌寒い。

 庭へ繋がる扉から母屋を出て、段々と木々の深くなる道を進んで離宮へと向かう。いつもと変わらない道順で進み、千羽陽の部屋の前まで来ると、そこで一度立ち止まる。そしてそっと深呼吸を1つして、中へと声をかけた。
「兄さん。お呼びですか?」
「入れ」
中から返ってきた声に従い、
「失礼します」
と声をかけてから、部屋の中へ入る。襖をきっちりと閉めて、振り返り千羽陽の顔を見たところで、舞白は悟る。今日は機嫌の悪い日だと。
 普段から千羽陽が夜に舞白を呼ぶ時は、精神的に不安定な時が多いが、その程度にも差はある。その段階で言えば、今日はかなり悪い部類に入るだろう。明日が休みの日で良かったと内心ため息をつくしかない。
「近くに来い」
とりあえずは端的な言葉に従うしかないと、舞白は素直に返事をして千羽陽の方へ歩み寄り、その傍に膝をつく。すると、千羽陽の手が舞白の首元へと伸び、やや乱暴に引き寄せられる。
「にいさっ・・・!?」
咄嗟に非難しようとした声はそのまま千羽陽の口の中へ吸い込まれ、それ以上の言葉が出ないように口が塞がれる。歯列をなぞり、口の中を蠢く舌の動きに呼吸と意識を奪われ、ぼーっとし始めたところで、ようやく解放される。
 胡座をかいた千羽陽の膝に手をつく形で、整わない呼吸を繰り返していると、すぐに引き寄せられ、またしても唇を奪われる。十分に酸素の供給を出来ていなかった舞白の頭はその欠乏を訴える。くぐもった甘い声を漏らしながら、与えられる快楽のせいで鼻からの呼吸も満足にできず、その波に溺れそうになる。意識を保とうと千羽陽の体を押しのけようとするが、後頭部に回った手がしっかりと舞白の頭を固定しているせいで逃げることもできない。
 しばらくもがいたと所でやっと2回目の解放。急激に訪れたそれに対処できず、ふらついた舞白は千羽陽の体を押しのけようとしていた力のままに後ろへ倒れる。幸いなことに、畳の上であったので、それほどの痛みは無かったが、背中に堅い感触を感じながら、舞白は息をつく。そこへ覆い被さる千羽陽の影。
「もう疲れたのか?」
くつくつと笑う千羽陽の顔には加虐の光が見え隠れする。自分を抱くように胸と腹に当てていた手を頭上へ持って行かれ、いとも簡単に一纏めにして片手で固定される。
「にい・・・さん」
「何だ?」
少し整ってきた呼吸の合間に呼びかければ返事が返ってくる。最悪な時には返事もなく、無言で、ただの処理として抱かれることが多いから、それに比べれば、まだ今日は良い方なのかも知れない。そんなことをぼんやりと考えていると、
「何を考えている?」
不機嫌そうな声がかけられる。せっかく軽度で済んでいるのだからと、舞白は正直に答える。
「兄さんのこと、ですよ」
「・・・お前もそう言ってあいつの面影を俺に重ねるのか」
「兄さん?」
ピリッと突如厳しさを増した空気を敏感に感じ取り、舞白は眉を潜める。しかし、時はすでに遅く、舞白の1つ1つの動作は千羽陽の思考を高ぶらせる材料にしかならない。
「お前が求めるのもどうせ、俺ではなく、あいつなのだろう。あれだけのことをされても認められようとしていたのも、あいつのためなんだろう。なぁ、舞白。お前こそ、俺に何を求めているんだ。何を考えて俺に抱かれている?」
千羽陽の両手が舞白の首へとかかる。
「お前は何を見ている。そうやって、お前はまた俺にあいつを重ねて、俺のことなんか見ずに、俺を、俺を置いて、手の届かないところへいくんだろう。そうやって、あの時みたいに、どうせ俺が何をしたところで、いや、最初からもうすでに」
手に力がこもり、気管が圧迫されていく。さっきまでのことで完全に呼吸が整っていない舞白の意識が霞むのはもはや、時間の問題だった。
「お前も、あの時みたいに、そうやって、俺を」
所々、白く染まりだした視界の中にいる千羽陽の瞳を見て、舞白は思う。
『貴方こそ、僕に何を重ねているのですか・・・』
「その目、その表情、そっくりだ。お前もやっぱり、同じように」
更に力が込められたところで、舞白の中に僅かに残っていた防衛本能が働いたのか、舞白の手が千羽陽の顔と肩を強い力でそれぞれ押しのける。いきなりの攻撃に千羽陽の体は僅かに後ろへ押し戻され、一瞬の隙に逃れた舞白は、ゲホゲホと苦しそうな咳と呼吸を繰り返す。生理的に滲んだ涙が頬を伝い、先ほどの非ではないくらいに頭の中をガンガンと警鐘が鳴り響く。畳の上でのど元を押さえて蹲る弟の姿を千羽陽は、どこか虚ろな目で見つめる。
「っ僕、は。貴方の、・・・味方、です」
しばらくして、無理矢理に整えた呼吸で舞白が告げる。
「僕は、貴方の傍に、います」
畳に肘をついて上半身を起こす。そのまま膝立ちのままで立ち尽くす、兄の手に触れる。びくりと震えた手をそっと握って、言葉を重ねる。
「だから、好きにして、いいんです、よ」
「・・・舞白」
「はい」
小さく呼ばれた自分の名前に返事をすれば、千羽陽の瞳が焦点を結び、舞白の姿を捉える。
「舞白」
「はい。・・・ここには舞白と兄さんしかいません。だから、大丈夫、ですよ」
「・・・・・・」
無言で舞白を見つめる千羽陽の表情が見慣れた兄の姿に戻るのを見て、安堵したところで舞白はとある発見をする。千羽陽の左頬に走る赤い直線。きっと必死にもがいた際に舞白の爪が擦ったのだろうそれは薄く晴れて血が滲んでいる。
「あっ、兄さん。傷がっ」
舞白の視線の先を追って、千羽陽は自分の頬に触れる。僅かに腫れて熱を持った傷はそう大きな物ではなく、舞白の首についてしまった跡よりもよっぽど早く消えそうなものだったが、舞白は真っ青な顔をしている。
 舞白は他人に傷をつけることを極端に嫌う。その中でも特に自分にとって大切な人物に関しては恐怖すらしているように見える。今までの明らかに千羽陽に非がある状況でも、舞白にとっては自分が首を絞められたことよりも千羽陽に傷をつけてしまったということの方がよっぽど重大なのだ。
「すみません。兄さん。ごめんなさい」
謝罪を繰り返す舞白の姿を見て、千羽陽の思考が段々とクリアになっていった。すなわち、これはいつもの舞白との時間である・・・と。
「舞白」
慌てている舞白の名前を呼ぶ。すると、ぴたりと謝罪の声が止まり、舞白の視線がおずおずと千羽陽に向かう。
「そこに座れ」
指し示した先には布団。舞白と千羽陽が並んで寝ても十分なスペースのあるそれに、掛け布団をどかして舞白を座らせる。そのまま近くにある棚から赤い縄を取り出すと、千羽陽は舞白に、
「動くなよ」
とだけ告げて舞白の腕を背後に回させ、背面で梯子縛りにしていく。肩の関節が柔らかいからこそできるこの縛り肩は、自然と胸を張るような姿勢になるので、何かと都合が良い。さらに別の縄で足の付け根と足首を左右それぞれ縛ってしまえば、舞白の動きは随分と制限される。
 白い肌に赤い縄が映え、朱の差した頬が千羽陽の興味を惹く。
「良い格好だな」
満足げに千羽陽が言うと、舞白は赤く染まった顔を恥ずかしそうに背ける。その頬に触れて自分の方を向かせ、千羽陽は告げる。
「何も考えるな。ただ良い声で鳴けばいい」
そう。元より考えるだけ無駄なのだ。何故なら、最初から正しいことなど何一つないのだから。

 千羽陽は自分のペースを保つために、一度揺らいだ精神を戻すために、ゆっくりと舞白の体に触れる。顔、首、胸元、腰、それぞれのラインを触れることで確認し、それが愛しい弟であることを確かめていく。手の感触が擽ったいのか、時折、舞白が体を捩るが、それは千羽陽を煽る材料にしかならない。中心を避け、足首までたどり着いた手でそのまま両ひざを外へと開かせ、足の付け根に唇を落とす。そのまま、歯を立てれば、小さな悲鳴があがる。その声に、感触に、しっかりと精神が安定を取り戻したことを確認して、千羽陽は笑みを浮かべる。
 千羽陽にとって愛でるべきものは、花であるほうの弟、つまりは椿であるが、そちらは同時に不可侵の存在でもあり、汚すべきものではない。一方で、血の繋がりがより濃い弟、舞白に関しては、むしろもっと間の距離を縮めるために自分の色に染めるべき対象であった。
 どのくらいそうしていたか、ふと千羽陽が考え事から舞白へと意識を戻すと、すっかり良い色に染まり、息を乱した舞白と目があった。
「あっ、…兄さん」
「何だ?」
呼びかけに答えてやれば、言いよどむように舞白が視線を彷徨わせる。
「何かあるなら、言わなきゃ分からないぞ」
普段の無気力な舞白ではなく、久しぶりに意識のはっきりとした舞白がそこにいるということで、少しばかり意地の悪い事をしてみる。
「あの、・・・もっと、」
「もっと、どうした?」
「・・・触って、くだ、さい」
消え入りそうな声になりながらもそう告げて、舞白は真っ赤に染まった顔を精一杯、背ける。しかしながら、両手が背面で拘束されていることもあり、どうしたって自身の肩に顔をうずめるくらいしかできない。
「舞白。こっちを向け」
そう声をかけると、舞白は少しだけ躊躇した後で、ゆっくりと千羽陽の方を見る。恥ずかしさからか僅かに伏せられた顔のせいで、自然と上目使いのようになった視線が千羽陽を捉える。
「いい子だな」
ご褒美とばかりに舞白の頭を撫でてやれば、心地よさそうに舞白の表情が緩む。普段の少し困ったような笑顔ではなく、無邪気なそれはこういう時でないと見られないものだ。
 頭を撫でていた手とは逆の手をそっと舞白の後ろへと伸ばす。そのまま入口をなぞってやれば、舞白の肩がふるりと揺れる。
「欲しいか?」
答えなどとうに分かっているがその上で聞けば、舞白は即座に首を縦に振る。それを見て、そうか、と呟き、千羽陽は先程、縄を取り出したのとは別の段から、今度はローションと玩具を取り出す。それらを持って舞白の近くへと戻ると、不安そうな舞白の視線が千羽陽を追う。
「兄さん」
「舞白は玩具で遊ぶのが好きだろう?」
反論の声を遮って、千羽陽はローションを使って、舞白の秘所を解していく。
「んっ、ぁ、そうじゃ、なくって」
「何か問題でもあったか?」
白々しく聞き返して、千羽陽は出しておいた玩具を手に持つ。円柱型をしたそれは、片方の端にリングがついており、円柱部分には、細かな模様が入っている。耳元で動かしてみれば、その度に、りぃんと鳴るのは中に特別な鈴が入っているからだ。それをすっかり解れた舞白の中へ押し込んで、リングだけが外へ出るようにする。そして、両足の縄を解いてやった。
 なぜ足の縄が解かれたのか理解できず、舞白は千羽陽を見上げる。
「舞白。少し、趣向を凝らした遊びをしようか」
「遊び、・・・ですか?」
「そんなに難しいものでもない。ただ、俺の元にくればいい。それだけだ」
そう言いおいて、まだ状況が理解できず、首を傾げている舞白をそのままに、千羽陽は傍に置き去りにされていた一升瓶を手に部屋の隅へと移動する。そして、そのまま、そこへ腰を下ろした。間を襖で区切ることのできる二間続きの部屋とは言えど、千羽陽と舞白の間にはほんの数メートルしかない。
「こっちへ来い、舞白」
兄の呼ぶ声に従い、舞白は体をゆっくりと起こして、背面に両手があることで、不安定ながらも膝立ちになり、一歩を踏み出し、そこで固まった。前へ踏み出したその反動で体の中を予想外の振動が駆け巡ったのだ。
「あぁ、鳴ったか」
突然のことに声なき声をあげ、固まった舞白の姿に、くつくつと笑いながら、千羽陽は瓶の中身を呷る。
「特別性の玩具だ。振動を受けて中の鈴が鳴るんだと。よく響いただろう?」
そう。前へ踏み出した振動を受けて、玩具の中で響いた鈴の音は、りぃんという可愛らしい音とは裏腹に舞白の中に大きく響く。甘い痺れにも似たそれは舞白を煽り、快楽へと引き寄せる。さらには、それに耐えようと下腹部に力が入ったことで、玩具を締め付けてしまえば、その表面に細かく刻まれた模様の凹凸がさらに刺激を与えてくるわけで。一歩進んだだけでもこれなのに、このまま進んだらどうなってしまうことだろうと、動けなくなった舞白に届いたのは楽しそうな兄の声。
「舞白。早くこっちへ来い」
 それからどのくらいの時間が経っただろうか。身体を大きく揺らさないように、膝をするようにして舞白は懸命に兄の方へ向かっていた。しかし、その体からは力が抜け、息は荒い。ぽたぽたと舞白自身から溢れた先走りが畳へと落ちる。布団から点々と続くその後が、舞白が必死に進んでいったことを示していた。
 さらに時間をかけて、ようやく、舞白が千羽陽の傍に辿り着く。ふらふらと揺れる舞白の肩に手をかけて、千羽陽は自分の方へと手繰り寄せる。バランスを崩し、千羽陽に倒れ掛かるような形になった舞白の背後から手を伸ばして、秘所から伸びるリングに手をかける。
「ぁ、んぅっ」
それすらも振動になったようで、舞白が声をあげる。それに気を良くして、少しばかり、前後左右にそれを動かして、舞白の声を堪能してから、千羽陽はそれを引き抜いた。
「あぁっ」
ひときわ甲高い声が上がり、舞白の体からくたりと力が抜ける。どうやら、イったようだ。
「もう少し、付き合ってもらうぞ」
しかし、そこで終わるはずもなく、千羽陽は舞白の腰を引き寄せ、自分と向き合うようにして膝の上に座らせる。そのまま、舞白の痴態により高ぶった自分自身を取り出し、舞白の中へ挿入していく。先ほどまでの玩具のおかげか、それほどの抵抗はない。敏感になった所に、自重で深く深く、挿入されていく感覚に舞白が小さく悲鳴を上げる。
「あぁ、いい声だな」
舞白の足を自分の腰に回させ、荒い呼吸を繰り返す、体を自分に寄りかからせる。そうすると、自然と舞白の頭が千羽陽の肩に乗った。
 しばらく舞白のしっとりとした肌を堪能した後で、千羽陽は舞白の腰を持ち上げ、突き上げる。断続的に聞こえる甘い悲鳴を聞きながら、欲望に忠実に動き続けた。
 どのくらいか時間が経って、千羽陽は布団の上でぐったりとして微動だにしない舞白を眺めていた。すでに縄は解かれ、体もある程度、清められてはいるが、腕にはくっきり、足にはうっすらと痕が残っている。一糸纏わぬその姿は艶やかで、千羽陽を誘うようではあるが、これ以上の無理をさせてはいけないと思いと留まる。
そして、千羽陽は軽く自分の浴衣を整えて、舞白の横に寝転がる。何かを求めて伸ばされた舞白の手を取り、その頭を胸元に抱き寄せてやれば、すりすりとすり寄ってくる。そっと頭を撫でながら、千羽陽は目を閉じた。



   

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