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*ほのぼのちはしろ。兄が舞白くんをそっと甘やかす話。
仕事から帰って、千羽陽からの呼びだしを受けて、離宮へ向かい、濃密な時間を過ごしてた後、情事の痕が色濃く残る肢体を隠す余裕もないままに舞白は布団の上で微睡んでいた。気を抜いてしまったら、途端に主張し始めた疲労は強い力で舞白を夢の世界へと誘う。
思考が上手く纏まらず、自分の感情も薄まっていき、ぼんやりと空虚なままで目の前にある布団の白を眺めていると、ふいに肩に手をかけられて、引き寄せられる。ぐるりと反転した視界に写るのは千羽陽の姿。ちょうど視界に入ったその表情を見つめていれば、楽しそうに口角が上がる。
「舞白」
呼びかけに対して応えるのが億劫で、もう一度、千羽陽を見ることで返事に代える。すると、千羽陽は無言で舞白の膝裏と肩に手を回し、脱力した体を抱き上げる。急なことに驚きはしたのだろうが、今のこの状態ではそれも表情には出ない。
抱き上げられたまま向かったのは浴室で、体が痛くないように浴室用のマットを敷いた上に下ろされる。普段の舞白ならば、羞恥で真っ赤になって自分で洗うから、1人で入るからと拒否するところなのだろうが、今の舞白はそういう感情が薄い。むしろ、襲い来る睡魔との戦いに集中力を持って行かれているといったところだろうか。
千羽陽もそれを感じとったらしく、楽しそうに舞白の頭や体を洗っていく。長い髪を丁寧に洗ったら、次は体。未だに敏感な体は千羽陽の持つスポンジが擦る度に小さく震え、時折、悩ましげな吐息や嬌声が漏れるが、いずれも千羽陽の興奮材料にしか鳴らない。この舞白でなければ、恥ずかしがって体を洗ってもらうなんてことを許容できるはずもない。後で思い出して、場合によっては恥ずかしさのあまり死にそうになるかもしれないが、たまの楽しみなので許して欲しい。
綺麗に舞白の体を洗った後は、自分の頭と体を洗うわけだが、そこは適当にさっさと済ませる。その間に舞白の体が冷えてしまったら風邪を引くかもしれない。
屋敷の大きさに見合った湯船は大人2人で入っても特に狭いということはない。千羽陽は舞白の体を自分の膝に乗せ、肩に腕を回して、溺れないようにする。舞白の長い髪は千羽陽ではうまくまとめることができず、そのまま湯船に浸かってしまっているが、家の風呂なので問題ない。
心地よい暖かさのせいか、ついに睡魔に負けたらしい舞白の目がいつの間にか閉じられていたことに気づいて湯船から出ることにした。体の水気をふかふかのタオルで拭いてやって、浴衣を羽織らせる。帯は面倒だったので、前を合わせるようにして、浴衣を着せるというよりも浴衣で舞白を包む。舞白の髪は体を拭いたのとは別にタオルで包んで水気をとっていく。その間に自分の髪と体をざっと拭く。浴衣は面倒なのでその辺に置いたままだ。
脱衣場の隅に敷かれたタオルカーペットの上に座り、舞白の体を横向きにして膝の間に座らせる。すっかり寝てしまっているので、状態は自分に寄りかからせて背中は立てた膝で支えておく。普段の舞白の場合、この体勢になった時点で逃げようとし始めるだろうから、こうやって好き勝手出来る状況も悪くない。
ゆっくりと時間をかけて、まずは髪全体をタオルドライしていく。それである程度の水気がとれたら、今度は低めの温度に設定したドライヤーの温風で髪を傷つけないように乾かしていく。ふわふわとした灰色の髪は1本1本が細くて柔らかい。指で梳いてみても、途中で引っかかることなく、毛先まですっと指が通るし、指を絡めてみても髪が絡むことはない。その手触りの良い髪は千羽陽のお気に入りの1つだ。
それから随分と時間をかけて髪の毛を乾かし終わり、布団へ戻ろうとしたところで、ふいに舞白が目を覚ます。
「んっ。・・・にぃ、さん?」
寝起きのせいか、まだ眠いのか、どこか舌っ足らずな声が千羽陽を呼ぶ。
「何だ」
「髪、乾かさないと、風邪、ひいちゃいます、よ?」
どこかとろんとした瞳で舞白が言う。眠気と戦いつつも、舞白の髪を乾かしている間にほとんど自然乾燥されたものの、まだ少し湿っている千羽陽の髪が気になるらしい。
「これくらいすぐ乾く」
「ダメです。風邪、ひいちゃいますから」
のそのそと体を起こした舞白が横に置かれていたドライヤーを手に取る。そして、コンセントにプラグをさして、電源を入れて千羽陽の髪を乾かしていく。千羽陽の足と足の間に千羽陽と向かい合うようにぺたんと座り、手を伸ばして千羽陽の髪を乾かしている姿がよく見える。その姿を見ているうちに舞白がドライヤーをかけ終わり、コンセントを抜いて仕舞いはじめる。それを適当な場所に置かせて、千羽陽は舞白の顎に手をかけて引き寄せ唇を奪う。
突然のことに目をぱちくりさせる舞白をよそに、角度を変えながら何度も舞白にキスをすれば、あっという間に呼吸を乱された舞白が、とろんとした目で千羽陽を見る。せっかく風呂に入ったので、ここからもう1回なんてことはしないが、自室まで舞白を運ぶくらいはいいだろう。
「舞白、おいで」
少しだけ昔に戻ったような雰囲気でそう言えば、舞白が床に着いていた手を千羽陽へ伸ばす。その手をそのまま自分の首へ回させて、舞白を抱き上げる。風呂場の片付けなどは後で使用人にでもやらせればいいだろう。
自室の布団は千羽陽と舞白が風呂に入ってる間に言いつけておいた使用人によって綺麗に整えられていた。真新しいシーツの上に舞白を下ろし、千羽陽も一緒に横になる。近くにあった上掛けを2人にかかるようにかけて、千羽陽はすでに夢の世界へと再び旅立ったらしい舞白に小さく言う。
「おやすみ、舞白」
その声に舞白が小さく笑った気がした。
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