小説 | ナノ


▼ 指先





上司であるハザマ大尉の机はよく散らかっている。
物が多いわけではない。文字通りに散らばっているのだ。読みかけの報告書とか、ゆで卵を剥いた時の殻とか、いつも被っている帽子だとか、危ない事にナイフが刺さっていたりだとか。

「あー、また……」
「ため息の前に、失礼しますでしょ。名前さん?」

ハザマ大尉に資料を渡すため、諜報部の扉を開けると、やはり散らかっていた。
挨拶を忘れてしまう程に呆れてしまった。前に何度も注意したはずなのに、一向に片付ける気配は無い。たぶん、散らかる度になんだかんだ言って片している私が悪いのだろうけど。

「これ、資料です」
「はい。どうも」

二人きりという事もあって、上司と部下とは思えぬ程にフランクだ。
ハザマ大尉は資料を私の手から取り、椅子に背を預けて見えているのかわからない文字に目を通し始めた。
その間に片付けるか。と、思ってしまうのがもうダメだ。しかし、この卵の殻と刺さっているナイフをどうにかしないと、ハザマ大尉は仕事がしにくくなってしまうだろう。
甘い自分に小さなため息を吐き、ごみ箱を私の足下に移動させると、ハザマ大尉がご機嫌そうに笑う。どうやら想定内だったようだ。
とりあえず、危ないナイフから引き抜こう。
なかなかに深く刺さっている様で、片手だけでは抜けなさそうだ。
もう片方の手を机に置き、もう一度引き抜くと、思っていた以上に思い切りが良く抜け、机を押さえていた指先に軽く刃が付いた。

「いたっ」
「あらら。何をやっているんですかね」

誰の為にやっていると思っているんだ。心の中で愚痴を溢すが、まさに他人事という感じで、ハザマ大尉は呆れるだけだ。
人差し指を見ると、軽くだが切れている。血がじわりと出るだけで、流れる程では無いが。

「よく見せてください」
「大丈夫ですよ。ツバ付けとけば治ります」
「まぁまぁ、そう言わず」

此方の言葉など気にもせず、ハザマ大尉は怪我をした方の手を取った。
何をするのかと身構えていても、大尉は血を眺めているだけで特に何もしない。それが逆に怖いのだが。

「な、なんですか?」
「いえ、もう少し派手に出ても良かったのではと思いましてね。では、失礼して」

何を失礼?と思った途端、私の指はハザマ大尉の口の内に入っていた。

「えっ、な、な……」

ハザマ大尉は混乱する私を差し置いて、指を口内で舐めたり甘噛みしたりと、好き勝手に遊ぶ。舌で傷口をつつかれると、ピリッとした痛みが出てほんの少しだけ正気に戻った。

「ハザマ大尉!は、ハザマさん!」
「なんです?」
「なんですじゃないですよ!指!」
「ツバ付ければ治るとおっしゃっていたので」

だからと言って加えるか。それに、傷口以外のところも遠慮無く舐めている。
ハザマ大尉は、私の手の甲に唾液が流れる程指先を弄んで満足したのか、最後に舌だけで傷口を舐めて掴んでいた手を離してくれた。少しふやけている指先を見てため息が漏れる。

「血の味、あまりしませんね」
「そりゃあ、これだけ少量なら」
「なら、次はもっと出してください」

いつもの笑顔で言い放つハザマ大尉に、思わず引き気味になる。
今度から掃除はこの人にちゃんとやらせようと自分自身に誓った。







END

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