小説 | ナノ


▼ 笛の音





虫の音しか聞こえない静かな夜に、それに混じって綺麗な笛の音が一つだけ聴こえる。
眠っていた意識を少しずつ、少しずつ覚めさせ、目を開けた。
旅の途中に泊まれた、いつもより少し良い宿の天井を眺める。
また少しずつ意識を覚醒させ、身体を上半身だけ起こし、音色の元を辿るように視線を動かすと、共に旅をしている小十郎が窓際で笛を吹いていた。
あまりにも絵になるその姿を見つめていると、小十郎は私に気付いて笛を吹くのを止め、手を下ろした。

「申し訳ありません、お嬢様。起こしてしまいましたか」
「いや、大丈夫だよ。隣、行っても良い?」
「上着を羽織るのならば良いですよ」

私が寝てから用意したのであろう、布団の横に畳んで置いてあった上着を羽織り、小十郎の隣に座った。
小十郎の肩に頭を預けると、優しく髪を撫でてくれる。

「風邪を引かぬように。面倒を見るのは私なのですから」
「引きませんよー」
「ご無礼ながら、信用出来ません」

目線を合わせてくれないまま、小十郎はもう一度笛に口を付けて音を奏でた。
以前までの笛の音色とは、少し違って聴こえる音色。
前はもっと、なんと言うか、切なく悲しいように聴こえたはずなのに。今では優しくて心地の良い音色になっていった。芸には詳しく無い私にでも、その違いがわかってしまう程の変化だ。
そんな変化が嬉しくて、いつまでも聴いていたいな、と。つい思ってしまう。

「……何をにやけていらっしゃるのですか」
「にやけてないよ。手止めないで、もっと聴かせて?」

にやけてない。とは言ったものの、自分でも自覚してしまうくらいには、にやけているのを知っている。
私のわがままにやれやれと言いたげな小十郎だけれど、そのまま止める事もなく、もう一度笛に口を付けた。
心地の良い笛の音を聴きながら、もう一度ゆっくり目を閉じた。






END

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