小説 | ナノ


▼ 拝啓






拝啓、友へ

長い船旅、ご苦労様でした。三人共、無事に着いたと知らせが届き安心しています。
今回は、クローゼットの中に身を敷き詰めていた辛い五十日間よりは快適な船旅だった事でしょう。

此方は、言うまでもなく、相も変わらずな日常を過ごしています。
あ、いや、あの屋根裏部屋で諸々の事があり少々部屋に穴が開いてしまったけれど、あまり心配なさらず。怪我人も無し。水槽の中に居た車海老、磯巾着、ほーむずくんとなるほどくん二号も無事です。
二人で長いこと説教をしておいたし、犯人は拗ねながらもしっかり反省しているのでご安心を。

それと、もう一つ。
検事の二人も、先日、我が家に遊びに来てくれました。
まだ何処か距離感は感じるものの、お互いを尊敬し信用しているようので、今のところ不安な所は一切無いと思っています。
照れ屋な二人は、きっと手紙には書いてくれないとは思うので、これからは此方から二人の事は報告するようにします。気に掛かりすぎて、日本での弁護が出来ないと泣き言を言われても困るので。

忙しいところ、長々と筆を執ってしまいごめんなさい。まだ知らせたい事は山程ありますが、それは次の手紙と、実際に会ってからにしようと思います。
事務所設立の件、落ち着いたらで良いので報告待ってます。
心配するは必要無いだろうけど、風邪等引かぬようお気をつけて。


それと、家賃の滞納には気をつけるように。 かしこ







少しインキの残っているペンを筆立てに置き、慣れない手紙で緊張していた体を落ち着かせるように息を吐いた。ついでに赤いソファーに背中を預けると完全に肩の力が抜けてしまった。
ぼーっとしていると、夕飯を作っているアイリスちゃんの側に居たワガハイが、いつの間にか足元にまで来ていて、しまいにはソファーに飛び乗り、私の膝の上で丸くなった。

「ミスター・ナルホドー達への手紙か?」

これまたいつの間にか、自分の机に向かってうたた寝していたホームズさんは、ソファーの背もたれに肘を置き、私の目の前に顔を覗かせた。

「うん。今、書き終わったとこ」
「ふむ……日本語で書かれているな。これじゃあぼくが読めないぞ」
「いや、人の手紙勝手に読まないでよね」

まるで自分に届いた手紙のように、ホームズさんは文字に目を通し始める。
だが、どうにも読めないみたいで、手紙を上下左右にぐるぐる回してみせた。

「まぁ、言葉はわからないが、この長さからしてミス・名前の心配っぷりは窺えるな」
「んー……そうでもないけどね」

心配はしていないつもりだ。たぶん。
なにしろ、龍ノ介さんには寿沙都さんが付いているんだ。向こうでも上手くやれるだろう。
別れの時、ホームズさんが言ってくれた言葉を思い出す。
言われた通りに目を閉じれば、一年間隣で見守っていた親友の姿と声が蘇った。
うん。やはり彼等なら大丈夫だ。きっと。

「な?ちゃんと会えるだろ?」

目を開けば、得意気な顔をして微笑むホームズさんが居る。
なんだか照れ臭いが、たまには良いだろう。
会えたよと、静かに頷くと、ホームズさんの優しい笑みは更に深まり頭を軽く撫でてくれた。

「ホームズくーん!名前ちゃーん!ご飯出来たよー!」

アイリスちゃんの明るい声が部屋に響く。それと同時に、食事の良い香りがしてきた。
膝の上に居たワガハイも飛び降り、匂いに釣られてアイリスちゃんの元へ向かう。
ホームズさんはというと、少し年相応に見えていた表情が、いつも通りの少年らしい目の輝きを戻している。

「待っていたよ、アイリス!今日はなんだ?チキンか?ぼくはもう腹ペコだ!」
「チキン、一昨日食べたでしょ」
「ぼくは毎日三食チキンでも良いくらいさ!」
「もー……チキンはまた今度なの。さぁ、冷めちゃう前に召し上がれ!」

愛らしい笑顔で食事を差し出すアイリスちゃんに、此方も笑顔が出てしまう。
なんて暖かい場所なのだろう。友と別れ、別々の道を歩む事になったが、それでも後悔はしないだろう。
それに、彼らとは、その気になれば時間が掛かったとしても会える。それまでは、この手紙が繋いでいてくれるはずだ。






END

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