小説 | ナノ


▼ 好物





閉店後のレストランは、甘い香りで包まれていた。
目の前には、新メニューとして作っていた試作品デザートの山。とりあえず作ったは良いが、一人で食べ尽くすのは流石の好物が相手でも少し辛そうだ。マスターも帰ってしまったし、どうやって処理しようか。
キッチンを前に唸っていると、閉店中のはずが、扉をひらく音が聞こえた。看板をcloseにしとくのを忘れていたのだろうかと焦り、キッチンから慌ただしく出て扉へと向かう。

「すみません!もう閉店しちゃって……あれ、剣人さん?」
「よう。明かり、点いてたからまだ居るのかと思って」

たぶん、仕事終わりなのだろう。お疲れ様と声を掛けると、いつも通り「おう」と頭をぽんっと撫でてくれた。

「残業か?」
「新メニュー考えてたの。そしたら、いろいろと作っちゃって……」

キッチンの方へ視線をやると、剣人さんは外からキッチンの中を覗いた。

「あぁ……これか、匂いは」

ちょっと呆れたように呟くのが聞こえた。
タイミングの悪い事に、甘いものが苦手な剣人さんがお店に来るとは思わなかったんだ。

「ごめんね、タイミング悪くて」
「謝んな。連絡も無しに来たんだしな」

剣人さんはキッチンに入り、並べていたビターチョコのケーキを手に持った。

「名前。これ、食って良いか?」

少し驚いてしまった。
最近、甘いものが少しは食べれるようになってきたが、手に持っているのはいつものより甘いものだ。それに、自分から食べたいと言うのは珍しい。まぁ、今食べてくれたらそれはもう助かるが。

「良いけど……。もしかして、お腹空いてる?」
「ああ。減った。今から作るのも面倒だろ?これで良い」

いただきます。と、一言呟くと、剣人さんは持っていたケーキを豪快に手で持って食べた。
自分を含めずに、初めて食べたのが甘いものが苦手な人というのは緊張する。

「ど、どうですか?」
「……悪くねぇ。ケーキにしては」

思った以上に良い評価で、胸を撫で下ろした。
剣人さんはそのままもう一個食べ初めてしまうし、これが新メニュー第一候補かなと考えながらコーヒーを用意した。
淹れ終わる頃には、剣人さんは満足したのか食べていた手を止めていた。コーヒーが入っているカップを渡すと、また頭を撫でられる。

「悪い。助かった」
「珍しくいっぱい食べてたもんね」
「ああ。口の中が甘ったるい」
「おかげで助かりました。次来た時は、お礼にお肉いっぱい焼くね」
「おう」

私も、残っているデザートを食べた。
うん、なかなかに美味しい。自分で作ったにもかかわらず、顔がにやけてしまう。
視線を感じて、剣人さんの方を見ると、なんだか剣人さんもにやけている様に見える。

「良い顔して食うな」
「そうかな?」
「ああ。なんつーか、癒される」

ちょっと乱暴に頭を撫でられ、まるで子供扱いだ。
それでも、この大きな手で撫でられるのは心地よくて大好きだから、もう少しこのまま撫でられていよう。







END

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