小説 | ナノ


▼ 病




会話なんてものは無くて、病室には宮田さんのペンを走らせる音だけが聞こえる。
気まずくはない。というか、慣れてしまった。
病院に来る度、私は時間の許す限り宮田さんを見つめて、その宮田さんも、最低限の対応以外は気にする事は無さそうに仕事を進めている。
今日の通院の言い訳はどうしようと、ぼんやり考えた。風邪?熱?腹痛に頭痛……これは前にも使ったから言えないし、怪我はすぐにバレるから絶対に使えないし、そろそろネタ切れが近いかもしれない。
問い詰められる前に言わないと、いい加減次からは相手にされなくなりそうだ。

「今日はどういう仮病だ?」

沈黙を破ったのは宮田さんの方で、少し体が跳ねた。意外だったんだ。絶対に彼から話し掛けられる事はないと思っていたせいか、心の準備をしていなかった。

「け、仮病じゃないです!風邪です!」
「一週間前にもそう言って来たが、健康そのものだった」
「じゃあ、熱が!」
「なら薬は出してやるから、そろそろ帰ったらどうだ」

嘘を吐くのが下手な自分を恨む。咄嗟に出た言葉は、使えないと考えていた物ばかりだった。
そして、相変わらず冷めた態度で対応する人だ。患者さんなんて他に居ないんだから、少しくらい居ても良いじゃないかと言いたいが、あの宮田さんに言える覚悟も勇気も無く、頷くしか出来なかった。

「宮田さん」
「なんだ」
「お薬、やっぱりいらないです……」
「知っている」

結局、今日は五分もこの場に居られなかった。
暫くは来るのを控えた方が良いだろうかと思いながら、とぼとぼ寂しく帰ろうとすると、おい。と声が聞こえた。
宮田さんの方を見ると、珍しく私の目を見て話し掛けてくれていた。これだけで私が此処に来た価値は十分にあっただろう。

「用があるなら、別に患者としてじゃなくてもいいだろう」
「……えっ」
「そろそろ、仮病の言い訳も尽きてきただろうしな」

読まれている。
でも、これはまた来ても良いという事だろうか。ほんの少しだけ期待してしまう自分の楽観っぷりが恐ろしい。

「えっと……それは……その……また来ても良いって事ですか?」
「言わないとわからないか?」

緊張しつつ、ゆっくり頷くと、宮田さんが短くため息を吐いた。

「また来い。名前」

名前を呼ばれた途端、体温が上がったのが自分でもわかった。
察せられないように、お礼を言って急いで病院を出たが、まだ夢見心地だ。
冷静になれと思いながらの帰り道の途中、偶然出会った求導師様に顔が赤いと心配され、更に体温が上がってしまう。本当に熱が出たのかと思うほどに。



END

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