小説 | ナノ


▼ 真夏日




日射しが痛いほど強く、暑い。
蝉の鳴く声が響くやしゃらぎ大社の、番傘付きの長椅子に座りぐったりとしつつ、力の抜けた巫女のお姉さんが打ち水をしてくれるのを待っていた。
それともう1つ待っている物がある。それがなければ、こんな暑い中陽の下にはいないだろう。
ただ、その待ち人が遅すぎる。いつもはこの時間に現れるが、来る気配が無い。
この暑い中、はしたないのは承知だが、我慢が出来ずに脚を軽く出して扇子で扇いでしまった。
打ち水も人も早く来いと願いつつ、この時間が少し好きだったりする。

「年頃の娘が、その様な格好をするのはどうかと思うが」

低く、落ち着いた声が横から聞こえた。たぶん私の口角は今上がってしまっているだろう。
待ち人の藍之助さんは、断りもなく私の座っている横に腰を下ろした。

「いや、ほら、暑いんで」
「まぁ、暑さはあるが……。感心はしないな」

暑いと言うわりには涼しげな顔だ。
そう言われたなら仕方ないと、脚をしまい、お詫びにと扇子で藍之助さんを扇いだら、気持ち良さそうに目を閉じた。

「昨日もお仕事ですか?朝、ご近所さんがそこそこに騒いでましたよ」
「あぁ。そのせいか、少し眠い」

盗人とは、意外と大変だ。夜更かしが苦手な私には無理だなーと呟いたら、軽く笑われた。
良い頃合いに、巫女さんが打ち水を始めてくれた。おかげで涼しい風が来てくれる。
この心地良い時間に、安心感すら覚えた。これで甘味でもあったら言うこと無しなのだが。

「先程と比べれば涼しいが、やはり暑いな」
「早く冬になりませんかね」
「それは、少し気が早くないか?」
「じゃあ、秋。秋が良いです。甘味も美味しい季節だし」

そうだな。と、微笑む姿に思わず見とれてしまった。見とれていたなんて恥ずかしいから、なるべく違和感の無いように自然に振る舞おうとしなければ。
あまり顔を見ないようにと、目をそらすと、藍之助さんの指先が私の頬を軽く撫でた。
何事かと振り向くと、此方の気も知らないで先程と変わりなく涼しげな顔をしている。

「名前。汗、凄いぞ」
「えっ?あぁ、だって、ほら、暑いですからね」

やはり、彼は此方の気も知らないらしい。天然っぽいところはあると思っていたが、此処までとはと呆れる。
藍之助さんは少し考え込むと、そうだ。と口を開いた。

「白波湯にでも行って、風呂に入るか。出た頃には夕暮れ時で、あの場所なら多少なりとも過ごしやすいだろう」

確かに、温泉で汗を流した後、二人で畳の間で過ごすのも悪くは無い。それは私だけが得なのではとも思うが。

「じゃあ、お風呂上がりに甘味でも買ってください。昨日のお仕事も成功したみたいだから」
「……仕方ない奴だな。行くぞ」

困った様に笑うと、藍之助さんは椅子から立ち上がり、白波湯方面へとゆっくり歩き出す。
その後ろ姿をほんの少しの時間堪能して、藍之助さんを追い掛けるように早足で隣まで向かった。




END

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