付き合ったりしない?
その言い回しに少なからず疑問を感じつつ、そうなんだ、と返す。
「誰に聞いたの?」
「いや……相田が、そんなこと言ってたから、」
「ああ……。他には?何かきいた?」
「他って?」
「……洲本のこととか、」
コースケのこと、とは、つまり高橋がコースケから浜田を奪った云々のことだろう。
浜田と高橋がそういう関係ではないということは、その噂もデマである可能性が高い。
だとすれば、そんな根も葉もない噂を耳にしたと言ったところで、彼が明るい気持ちになるとはとうてい思えなかった。
俺が何と答えようか不器用にも逡巡している間に電車はもちろん進み続け、やがて彼が降りるべき駅に到着してしまう。
時刻どおりに車体はホームに滑り込み、頭上では車掌独特の口調で駅名を告げるアナウンスが流れた。
「近藤って、嘘がつけないんだね」
足元に置いていたバッグを肩にかけ、高橋は面白そうに言って目元を緩ませた。
ドアが開き、立ち上がる彼。仄かに香る甘いにおい。
「そういうとこ、いいなって思うよ」
決して大きくない声で呟いた高橋のその言葉が、俺には耳元で囁かれたみたいに思えた。
そういえば昨日、彼はイヤホンをしたままの俺に何と言ったのだろう。
今更ながらそれが気になって仕方がない。
あの時聞き返さなかったことを、俺はひどく後悔した。
他人を意識するということはほんとうに簡単なことで、矛盾しているように思うかもしれないが、ここ数日で俺は高橋を「無意識に意識する」ようになっていた。
通学の電車の中では姿を探し、教室でも彼の影を目が追う。
決して自分から積極的に近づいたりするわけではないけれど、それでも確実に、高橋は俺の心に染み入ってきている。
何度か、登下校の際に電車が一緒になることもあった。
そういう場合、話しかけるのは決まって高橋の方からで、彼が誰か友人と居るときはお互いに気がついても知らないふりをするのが暗黙の了解のようになっていた。
つまり俺たちは、二人きりでしか、話をしない。
それはどこか秘密めいた空気を持っていて、胸の奥がざわついた。
そうして少しずつ、交わした言葉が増えていく。
たいした内容ではないけれど、高橋の声音や口調で紡がれるそれらは、砂時計の砂のようにさらさらと、静かに、徐々に、俺の中に堆積する。
こんな感覚は初めてかもしれない。
その甘く歯痒い感覚に名前をつけかねていた頃、それは突然起こった。
俺にとっては、事件と呼ぶに相応しい出来事だった。
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