何度となく火照る身体どうしを繋げ、抱き合い、混ざり合い、そしてようやく落ち着いたころにはもう、遠くの方で除夜の鐘が響いていた。

今日の彰人はいつもよりさらにいくらか感じやすく、相変わらずの可愛い声でよくあえいだし、珍しく聡一郎の上に乗って主導権を握りたがったりした(すこしの間好きにさせてやったが、すぐに聡一郎のペースに戻されてしまったことを悔しがっていた)。
自分の上で健気に身体を揺らす彰人は艶かしくもあり、それを仰ぎながら黙って下になっていられるほどの余裕を持てなかったのだから仕方がない。

聡一郎の裸の胸にぴたりと頬を寄せて、彰人が「年が明けるね」とかすれた声で呟く。

「聡一郎さん、俺、今日が一番しあわせかもしれない。聡一郎さんといるときはいつだってしあわせだけど、今日はほんとうに、しあわせなんだ」
腫れたように赤みの差す唇を小さく動かしてそっと話す彰人の言葉に、耳を傾ける。ふわりとした触り心地のよい彼の猫っ毛に指を絡めながら。

「だって、まさか一緒に年を越せるなんて、俺、思ってもみなかったよ」
「そうだね。俺もうれしいよ」
「ほんとに?」

大きな瞳に光を落とし、彰人が笑う。その瞬間、サイドボードに置いてあるデジタル時計が無機質な音で一瞬だけ鳴いた。年が明けたのだ。

「明けましておめでとう、だよ、聡一郎さん」
「おめでとう、彰人」

別に物理的には何一つ変わりはしないのに、不思議とさっきまでとは微妙に空気が違う気がする。
普段は紅白やカウントダウンのテレビ番組を見ながら明るい場所で賑やかに迎える新年だ。こんなにも密やかな、ベッドの中での年明けは新鮮で、二人でくすくす内緒話をするように笑いあう。

「ねぇ、今年もよろしくね」
「こちらこそ。今年もかわいい俺の彰人でいてくれよ、」

細い腰を抱き寄せて耳元で囁いてやると、彰人も負けじと聡一郎の首に腕を回して抱きつく。この、素敵でどうしようもなく情けない男のひとを、ずっと独り占めできればいいのに。その言葉の代わりに、愛も嫉妬もすべて込めて、ぎゅっと、抱きつく。

「こら、彰人、痛いよ」
「――聡一郎さん、」
「うん?」
「俺、いけないことしてるって、理解ってるんだ」

少し、彰人の腕の力が強くなった。

「聡一郎さんには奥さんも子供もいる。わかってる。俺はその人たちを不幸にするかもしれないってわかってるのに、でもやっぱり聡一郎さんといると幸せな気分になっちゃって、そんなのダメだって、わかってる……のに……けど、」

泣き出してしまったのかと、聡一郎は慌てて彰人の顔を覗き込もうとする。けれど首に絡まる彰人の生白く細い腕は思いのほか堅固な檻で、身動きを許してくれない。

「何度他の人を好きになろうとしても、ダメなんだ。どうしてかな。聡一郎さんなんて、ちっともデリカシーがないし、無神経なところもあるし、おじさんだし、」
「彰人――」
「だけど好きなんだ。優しい声も、笑ったときの目元の皺も、大きな手も、熱い体も、全部ぜんぶ、大好き……」
「――俺は、君を泣かせてばかりだね。」

震える小さな背中を緩やかなリズムで撫ぜながら、聡一郎はゆっくりと言葉をさがす。

「そうやって、すぐ困った声を出すところも、嫌いで……好き。」
「俺は――彰人に嫌いなところなんか見つけられないな、」
「嘘だ。俺なんて、ちっともいいとこなしなのに、」

ぱっと腕を離して聡一郎の目を見つめる彰人の瞳はやっぱり少し潤んでいて、聡一郎はどうしようもなくなってしまう。
悪いのは自分だ。彰人にこんな思いをさせてしまうのは自分が弱いせいだ。わかっているのに全てを捨てて彰人を抱きとめる勇気もない。情けない。情けなくて、たまらない。
妻も子供も愛してはいるのだ。こればかりは聡一郎にとって、優劣をつけることなどできない問題なのだ。

「ねぇ、全ての人が等しく幸せになるなんてこと、ありえると思う?」

唐突に彰人が尋ねる。聡一郎が自分にうんざりしている間じゅう、彰人は聡一郎の鼻梁や眉間に熱心なキスをくれていた。

「……難しいだろうね。一つの幸福は幾つかの不幸のもとに成り立っていることが多い」
「俺もそう思う。だけどね、幸せの箱はみんなそれぞれちゃんと持ってると思うんだ。それでね、少しずつ満たされていくの。」

わかる?と言いながら、彰人は手で立方体っぽい形を作る。

「そうだとして、俺の幸せの箱は聡一郎さんといられることで全部満たされてかまわないって思うんだ。聡一郎さんとの幸せでいっぱいになったらその箱には蓋をしちゃって、この先ずっと、他の幸せはなんにもいらない。」

聡一郎は今度こそ、本当に困った声で「ああ」とも「うう」ともつかない唸りをあげた。
彰人はときどき哲学的で、戸惑う。今まで聡一郎の周囲にこうしたタイプの人間はいなかった。どう返すのが正解なのだろう。

「……俺の箱は、どの辺まで埋まってるのかな、」

再び聡一郎の胸元に納まった彰人が独り言のようにそっと呟く。

「まだそんなに、埋まってないといいな――」

消え入りそうな声で言うと、次の瞬間にはもう愛らしい寝息が聞こえてきた。
聡一郎は、宙ぶらりんにされたやりきれなさをサイドテーブルのぬるくなったミネラルウォーターで流し込む。それからそっと、彰人のこめかみと鎖骨にキスをした。甘くきめの細かい肌が切なかった。

どっちつかずで強欲な自分の幸福の箱は、既に亀裂が入っているのだと思う。きっともうすぐ壊れてしまうだろう。容器がなければ中身が入ることもない。自分がこのまま幸せを享受し続けるためには、一刻も早い箱の修復が必要だ。
聡一郎は考える。彰人の華奢な手を握りながら、冷静に、真剣に。
そろそろ心を決めなくてはいけない。わかっている。

数時間前、彰人がいつここへ押しかけてこようと構わないと思ったことや、彼の泣き顔を見たくないと思ったこと。
そして、なぜだか突然思い出した。いつだったか、眠っている聡一郎の傍で(実際は眠りかけていただけだった)、彰人が泣きそうな声で言った言葉を。


『二番目でいい人間なんて、いないんだよ。』


――ああ、わかっている。


静まり返った部屋に、ガチャリと玄関が開く音と、妻と子供の声が響いた。










Fin. 2011.2.4.



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