ガススタ★ラバーズ


午後4時35分。
今日ももうすぐあの子がやって来る。

恭平のバイト先のガソリンスタンドは、特に忙しい時間帯もなければ、暇な時間帯というのもない。つまり、一日を通して満遍なく客が来る。
それを知った当初は、楽な時間帯にシフトを入れようという魂胆を神様に見透かされたような気がしてバイトの間じゅう居心地が悪かった。

そんなガススタでのバイトも、今月の10日で半年になる。
春に始めたときは気にならなかったが、そろそろホースの水の冷たさなんかが手にぴりぴりくる季節だ。
先輩いわく、冬場の車洗浄作業は地獄の一言に尽きる、のだそうだ。
今は恭平が一番新しいスタッフなので、その地獄に落とされる確率が高いのはもちろん恭平だ。
それを考えて、本格的な冬が来る前にバイトを変えようかとも考えた。
(同じくらいの時給なら、たぶん他にも働き先はあるはずだ。)
しかしそれを思いとどまるに値する理由が、恭平にはあった。

「恭平、ほら、来たぜ」
「松田さん、黙っててください」
「おーおー。今日は1匹多いんじゃねえの?」

松田が敬礼するように額に手を当てて、少し遠くから来る影を見ながら言う。
恭平はからかい交じりの表情の松田の体をぐいぐいと押し、彼を奥の休憩室に追いやった。
ガラス張りのそこからでもじゅうぶん外の様子は伺えるので、後でまたからかわれるのは必至だったが、もう慣れっこなので我慢することにする。
恭平は制服のほこりをぱんぱんと手ではらい、指定のキャップを外して尻ポケットにねじ込んだ。
萎んだ髪を手ぐしで整え、その影が近づいてくるのを待った。

「こんちはー、キョンくん」

程なくして、スタンドの前で一人の青年が立ち止まった。
スカイブルーのエプロンをつける彼の手には3本のリードがしっかりと握られており、各々に種類は違えどいずれもやんちゃそうな犬が繋がれていた。

「よっす、今日は1匹多いんだね」
「そーなんだよ、いつもの当番の人が急に休んじゃって。かわいいっしょ?」
「かわいー。お前ー、弥生ちゃんに迷惑かけんじゃねえぞー」

恭平がしゃがんで新顔のハスキー犬の首元を撫で回すのを見て、弥生はおかしそうに笑みをこぼした。

弥生は恭平の働くスタンドの近くにあるペットショップで働いているアルバイトの青年だ。
恭平は、バイトを始めてから毎日、天気のいい日には必ずこうして犬の散歩に来る弥生を、ずっと見ていた。
最初はただ、エプロン姿の若者が2匹の犬を引き連れて歩いている姿に興味を持っただけだったけれど、その視線が徐々に熱を帯びたものになっていたことを松田をはじめとする先輩スタッフたちに指摘され、気付いてしまったのだ。
自分が弥生に対してどういう感情を抱いているか、を。

犬たちを眺めるやさしそうな目だとか、陽に透けるキャラメルブラウンの髪だとか、白く細い腕や首だとか。
それらはあまりにも「男」の概念からかけ離れていて、そういったものすべてが恭平の目には新鮮だった。
どんな声をして話すの、どんな顔で笑うの、その手はどんな温度なの、考え出したらきりがなかった。
とにかく彼と接点を持ちたい一心で、つい1週間前声をかけた。
「かわいい犬ですね、」と。
緊張してうまく話せない恭平を見て、弥生はふにゃりと笑って言ったのだった。
「俺のこと、いっつも見てるよね」。
その声は恭平が想像していたよりも案外低くてハスキーだったけれど、自分がどこかへ落ちていくのが分かった。
多分、恋の海に。
以来、弥生は散歩コースの途中にあるこのガソリンスタンドに寄り道してくれるようになったのだ。

「このハスキー、キョンくんに似てると思わない?」
「どこが?俺こんなにいかつくないでしょ」
「銀っぽい髪とか、聡明そうな表情とか、似てるよ」

恭平の横にしゃがみこんで、弥生がハスキーの頭をぽんぽんと撫でる。
今までになく近い距離に内心気が気でない恭平は、弥生と目をあわそうとせずにひたすら俯いてハスキー犬の平和そうな瞳に映る自分を見ていた。

「ふうん、弥生ちゃんがそういうんなら似てんじゃねえの」
「あとね、よく俺のこと見てる。」
「な、」
「この子は俺の担当じゃないからあんまお世話したことないんだけど、視線感じるの。振り返ったら、ケージの中からよく俺のこと見てる」
「……好きなんじゃないの、弥生ちゃんのこと」
「誰が?」
「誰って、そのハスキー」
「キョンくんは?」

じ、と弥生は恭平の瞳の奥を覗く。
長く濃いまつげに縁取られ、薄い茶色をしたアーモンド型の瞳。唇が急速に乾いていく気がした。
心臓の音が外に響いているんじゃないかと思うくらいにうるさい。
恭平はごまかす様に頭をがしがしとかいた。

――なんだこれ。
そんな愛くるしい視線じゃ恋の海に突き落とされた俺への救助船にはなれっこない。
君は俺を溺死させるつもりかい?

「……好き、っす」

恭平はそう呟くや否や、しゃがんでいるせいで折りたたまれている膝の上に顔を突っ伏した。
自分でも耳まで赤くなっているのが分かる。熱い。
自分から告白したのなんて、19年間生きてきた中で生まれて初めてのことだった。
弥生はそんな恭平を見て、満足げににっこり笑った唇で、その赤い耳にちゅ、と音をたててくちづけた。

「え、え!?」
「ほんとうはもっと早く、声かけてほしかったんだけどな」

悪戯っぽく歯を見せて笑った弥生を見て、この子は俺が守るべきだと本能的に思ってしまった。
3匹の犬が騒ぎ出したし、背後の休憩室のほうからはガラガラと何かが崩れる音と松田の悲鳴が聞こえたけれど、聞こえないふりをして、今度は恭平から弥生の唇にキスをした。

ガス欠のトラックのクラクションが、BGMだった。





Fin.




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