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夕暮れ、帰り道。
長く伸びる二つの影。
一歩どころか、一メートル以上先を歩く努くん。
いつもと同じように歩く努くんと、いつも以上にのろのろ歩くあたし。
恋人と言うには、あまりに遠い距離じゃないの。
こっち向いてよ。振り返ってよ。

「…………」

「…………時枝」

彼が歩みを止めると、あたしも同じようにぴたりと止める。
その距離は、きっかり一メートル。

「何でそんなに機嫌が悪いんだ」

「……」

違う。違うのよ。
ただ単純に、努くんを困らせたいだけ。
一歩、半。
努くんは距離を縮めて、あたしの目を覗き込む。

「……荷物」

「は……?」

ずい、と努くんの前に手提げかばんを突き出した。
荷物とあたしを交互に見る努くん。

「荷物、持ってよ」

「荷物って、お前な……俺も両手が塞がってるんだが」

困ったように自分の両手とあたしの荷物を見比べる。
知ってるわよ。
だから、困らせたいだけなんじゃない。

「お腹が痛いのよ」

「そうか……それは気付かなくて悪かった」

なんて、ばか正直に謝る努くん。
違うわよ、ばか。
まるで女心のわからない努くん。
心配してくれることは嬉しいけれど、気付いて欲しいのはそこじゃなくて、全然的外れ。そうじゃないのよ。

「……仕方ないな」

そう言って小さく溜息ひとつついて荷物を片方に纏めると、あたしの手からかばんを奪う。

「これでいいのか?」

ああ、あたしのこんな単純な嘘にも騙されるなんて。
本当に、馬鹿な子!

「……努くん、あのね」

あたしのかばんを持つ方の手に抱き着くと、驚いたように目を見開く。

「全部、嘘。お腹痛いのも、荷物持って欲しいのも」

「な……っ?!」

「努くんと手を繋ぎたかっただけなの」

これは、これだけは本当。
だから、あたしは努くんの手からかばんを奪うと、空いたその手にあたしの手を絡める。

「努くん。なかなか手、繋いでくれないから」

努くんがそういうの照れ臭がってるっていうのは知ってるけどさ。
やっぱり、寂しいじゃない。

「……悪かった」

そう言って、繋いだ手に僅かに篭められる力。
あたしよりも一回りも二回りも大きい手にどきりと心臓が跳ねる。

「ね、努くん」

「何だ?」

「またこうやって、たまには手を繋いで帰ろうね」

すると努くんは少し頬を染めると、照れ隠しなのかマフラーに顔を埋めて、「そうだな」と、頷いたのだった。


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