1 夕暮れ、帰り道。 長く伸びる二つの影。 一歩どころか、一メートル以上先を歩く努くん。 いつもと同じように歩く努くんと、いつも以上にのろのろ歩くあたし。 恋人と言うには、あまりに遠い距離じゃないの。 こっち向いてよ。振り返ってよ。 「…………」 「…………時枝」 彼が歩みを止めると、あたしも同じようにぴたりと止める。 その距離は、きっかり一メートル。 「何でそんなに機嫌が悪いんだ」 「……」 違う。違うのよ。 ただ単純に、努くんを困らせたいだけ。 一歩、半。 努くんは距離を縮めて、あたしの目を覗き込む。 「……荷物」 「は……?」 ずい、と努くんの前に手提げかばんを突き出した。 荷物とあたしを交互に見る努くん。 「荷物、持ってよ」 「荷物って、お前な……俺も両手が塞がってるんだが」 困ったように自分の両手とあたしの荷物を見比べる。 知ってるわよ。 だから、困らせたいだけなんじゃない。 「お腹が痛いのよ」 「そうか……それは気付かなくて悪かった」 なんて、ばか正直に謝る努くん。 違うわよ、ばか。 まるで女心のわからない努くん。 心配してくれることは嬉しいけれど、気付いて欲しいのはそこじゃなくて、全然的外れ。そうじゃないのよ。 「……仕方ないな」 そう言って小さく溜息ひとつついて荷物を片方に纏めると、あたしの手からかばんを奪う。 「これでいいのか?」 ああ、あたしのこんな単純な嘘にも騙されるなんて。 本当に、馬鹿な子! 「……努くん、あのね」 あたしのかばんを持つ方の手に抱き着くと、驚いたように目を見開く。 「全部、嘘。お腹痛いのも、荷物持って欲しいのも」 「な……っ?!」 「努くんと手を繋ぎたかっただけなの」 これは、これだけは本当。 だから、あたしは努くんの手からかばんを奪うと、空いたその手にあたしの手を絡める。 「努くん。なかなか手、繋いでくれないから」 努くんがそういうの照れ臭がってるっていうのは知ってるけどさ。 やっぱり、寂しいじゃない。 「……悪かった」 そう言って、繋いだ手に僅かに篭められる力。 あたしよりも一回りも二回りも大きい手にどきりと心臓が跳ねる。 「ね、努くん」 「何だ?」 「またこうやって、たまには手を繋いで帰ろうね」 すると努くんは少し頬を染めると、照れ隠しなのかマフラーに顔を埋めて、「そうだな」と、頷いたのだった。 |