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「撒いた……か?」

後ろを振り向けば、津川の姿は見えない。
バスケではしつこいディフェンスとか言われてるみたいだけど、さすがに教室で不意打ちかましたら追っては来れなかったようだ。

私はそっと胸を撫で下ろし、呼吸を整え……気付いた。
津川を撒くことを考えてたら、購買とは逆の方向に来てしまったようだ。

このまま購買に行ってもいいけど、また津川とかに遭遇しないとも限らない……し、第一、校舎の向こう側まで行くのはめんどくさい。

「……いいや、寝よ」

今日は午後の授業も受けようかと思ってたけど、そんな気分じゃなくなった。
とりあえず5限はサボって、6限は起きたときの気分で考えよう。

ここからなら、あそこのが近いし。
津川なんぞには絶対に教えたくない、私だけの場所。

西校舎の裏側、隣の寺との境目に、ちょっとした池がある。
あんまり日当たりはよくないけれどじめじめしてるわけじゃなく、むしろ初夏の今頃の昼休みにはちょうどいいくらいだ。
日当たりが悪いのと隣が寺ってので、敬遠して人がなかなか来ないってのも気に入ってる。

だけど、私がここを気に入ってる最大の理由は別にある。

「……かわい、」

くわ、くわ、と鳴きながら目の前の池をカモの親子が泳いでる。
意外、と言われるのが嫌だからあまり公言したことはないけど、結構鳥が好きだったり、する。
特にヒヨコとか、目の前を泳ぐカモの赤ちゃんとか……そんなふわふわしたコたちが好きだ。

このふわふわたちを見られるのは今の時期だけだけど、だからこそ私はここに足しげく通っている。

「そうだねー、かわいいよね」

「だろ?」

……って、うっかり相槌打ったけどちょっと待て。
今ここにいるのは私だけのはずだ。
だけど、聞き覚えのある……そう、できればあまり聞きたくない……声が聞こえた。
ぎぎぃ、と音を立てそうなくらいぎこちなく首を声の聞こえた方に向ける。
この緊張感のカケラもない間延びした声は……、

「夏希ちゃん、ここにいたんだね」

「か……春日っ!」

案の定というかなんというか。
できれば今会いたくない人物ワースト3に入る兄貴の仲間……春日だった。


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