08.29 ちりん 一陣の風に吹かれて風鈴が揺れる。 姿の見えぬ風は、音となって形を現わす。 「もう来週くらいには風鈴を片付けないとね」 やがて間もなく秋が訪れるだろう。 夏はあまり得意ではないけれど、それでもひとつの季節が終わるのは物悲しさがある。 そういえば、今年の夏はこれといって何もしていない気がする。 夏祭りも、花火大会も。 唯一したそれらしいことといえば、ちとせの家でそうめんを流したことくらいかしら。 「果凜はともかく、小夏には悪いことをしたわね……」 一緒に海に行こうと誘われてはいたのだが、ここしばらくの忙しさで結局一緒に行けずのまま、夏が終わりを告げようとしている。 せめて、夏らしいことを何かしてあげたいのだけれど…… 「困ったわね」 ふむ、と唸った、そのときだった。 「あら、あやめちゃん。何かお困りかしら?」 不意に降ってきた、日差しのように眩しい声。 顔を上げずとも、間違えるはずがない。 「まあ、樹李じゃないの!」 「ハァイ、お久しぶりね。何かお困りなの?」 久しぶりに再会した太陽のような友人は、相変わらず夏の日差しに負けないくらいの笑顔で微笑んだ。 「ええ、実はね……」 立ち話もなんだからと招き入れながら事の顛末を話せば、なぁんだ、という返事。 「ならあたしはそのために来たのかもね。実はね、今日は小夏ちゃんにお土産があるのよ」 「小夏に?」 「そうよー。ハイ、これね」 そう言って樹李が持っていた荷物を広げれば、手持ちから小さな打ち上げまで、様々な種類の大量の花火。 「この間うちで花火したんだけど、ちょっと買い過ぎちゃったみたいでね。よかったら小夏ちゃんにどうかしらって」 「こんなにたくさん……ありがとう、樹李。小夏も喜ぶわ」 「どういたしまして。そういえば小夏ちゃんは?」 「海にサーフィンしに行ってるわ。そろそろ夏が終わっちゃうから、ここ最近、天気のいい日はずっとよ」 「相変わらず小夏ちゃん、なみのりが好きなのね」 「そうね……ねえ、樹李。今日明日は忙しいかしら?」 「ううん、特にはないわよ」 「よかったら今日は泊まって行かない?久しぶりに会ったんだし、貴女に話したいことがたくさんあるの」 「あら、いいわね!じゃあちょっと待ってて。今日明日のご飯は勝手にしててって連絡だけ入れてくるわ」 「悪いわね、突然」 いいのよ、と言って彼女は電話をかけるために少し離れたところへ向かう。 そんな樹李の後ろ姿を見ながら、小夏や果凜が帰ってきたときのことを想像して、ふと、口元が綻んだ。 ちりん、と風鈴を揺らし、風がまた、吹き抜けた。 back |