久々知の普通の人よりも白い肌に映える赤い傷が艶かしく美しいと思った。5年生とは思えないほどに成績優秀、眉目秀麗の彼は私の憧れの人であり、目標であり、好いている人だ。こんなにも人を好きになれるのだと思った。この気持ちを愛しく思う事に誇りを感じてすらいた。忍の三禁などとうに守る気すらない。私には久々知だけ、久々知の全て、私の生きる理由になる。どれだけ汚くなっても私には久々知の生だけが私の光だ。
久々知の傷口からは赤黒い血塊がどろりと溢れる。そろそろ血もとまるだろう。任務について傷をおうのは正直仕方のない事だ。どれだけ優秀でも状況次第では死に至る。忍とはそういうものだ。
「そろそろ血もとまるから、治療に入るよ」
掌の久々知の血を手拭いで拭き取る。無表情のままにこくりと頷いた久々知を見て、水で濡らした綺麗な手拭いで傷口のまわりを拭く。綺麗だ。とても、綺麗。久々知の全て、汚くても綺麗にみえる。
「善法寺先輩はいないのか?」
血が止まったことでようやく一息つけたのか、安堵の息をもらしながら、医務室に私がいることの疑問を口にする。
「私が治療したんじゃ不安?」
「いや、そうじゃない」
「じゃあ不満?」
「違うって」
「うん、知ってる。からかってみただけ」
「俺、けが人なんだけど」
苦笑混じりの久々知の頬にほんの少しの血色が見える。よかった。これなら明日は通常通り授業を受けてもらえるようだ。
「先輩は新野先生の付き添いで今日は金楽寺にいらっしゃるわ。あそこもこの戦で酷いけが人が多いらしいの。5年生の実習が久々知だけで本当によかった」
「ああ。けがしたのが俺だけで安心したよ」
傷口の周りの血を綺麗に拭き取ったあとに消毒を綿に含ませる。
「染みるよ」
そう言い置いて久々知の傷口を消毒していく。傷口が深い分痛いはずだ。眉をしかめる久々知の端正な顔に見とれる前に早く終わらせよう。消毒を終えて余分な消毒液を拭き取る。傷口に合わせて綿の生地を切り取る。それを傷口にはり、包帯を巻いていく。
程よく均整のとれた筋肉はは一瞬強張って、私の一言に力が抜けていくのがわかった。
「言い忘れてた、お帰りなさい久々知」
「今、この場で言うことか?」
小さく喉の奥で笑った久々知を見て、私もつられて笑う。
「うん、大事なことだから」
「ああ。ただいま、名字」
巻き終わった包帯を縛り、優しく笑う久々知には内緒で、泣きたくなった喉を叱責する。所々小さなかすり傷をおっている。久々知の姿を見るのは一週間ぶりで、今度は私が安堵の息をもらすばんだ。
「小さな傷も消毒だけしとくよ」
久々知の頷いた首に、額に、喉に、肩に、鎖骨に、瞳に、唇に、一つずつ泣きそうなのを悟られないよう消毒を手にした。
久々知が帰ってくるのが遅いのが気掛かりで、毎朝毎晩、授業の合間、小松田さんのとこに行ったり医務室に行ったりい組の教室に行ったり、尾浜や鉢屋、不破、竹谷に聞いて回ったりしてたのもなんとか内緒にしなくては。けがを負って帰ってくるかもしれないから、夜だけ先輩と新野先生に頼んで医務室にいさせてもらったことも、全部全部、ばれないようにしなくては。久々知の笑顔と帰還に誓って、私は後でこっそり、泣くことにするから。今夜だけ、久々知の傷の数だけ側にいさせて。
end
→そのあと、全部ばれればいい。
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