死にたいと呟いたのは確かだけれど、本当に死にたかったわけではない。
目の前の惨状にため息をもらしながら、さて、どうやって説明をしようかと考える。
そもそもどうして死にたいだなんて呟いたのだろうと記憶を辿る。
今日の授業は実習で、密書をとってくるだけのものだった。決して難しい内容ではなく、今までの実習と比べても難易度は低い方だ。
標的の城に忍び込むことに成功した私は、密書の位置を聞き出し、機会をうかがって手に入れるだけとなっていた。
女中になりすまし、聞き込みを開始するのも順調だった。
先輩のお姉さんにそれとなく聞き込み、古株のおばさんがそんなようなことを話していた、という情報を得るのも早く、お昼までに終われるかもしれないと思っていた。
八方美人の性格も手伝って、おばさんから密書、いわゆるこの城に代々伝わる大切な巻物の場所を聞き出す事にも成功した私は、そうそうに立ち去ろうと話を切り上げようとした瞬間だった。
「そういやあなた、新入りだったわよね」
「はい」
私が頷くとおばさんはふうん、と声を出して一瞥くれてから、私に仕事を与えようとほうきの場所を教えてくれるために移動を始めた。
仕方なく着いていくと部屋の掃除をするように言われる。
私は笑顔で頷いて、おばさんが立ち去るのを見守ろうとしたのだが、おばさんから早くやりなよ、と言われる。
「はい、あの」
「私もここ一緒にやるから」
そう言って私の手からほうきを奪い取り、畳の目にそって掃き出す。
「さっきの場所に雑巾があるから持ってきて拭いて」
「はい」
言われるがままにほうきの置いてあった場所からバケツと雑巾を手に取り部屋に戻る。
「早く拭いてってよ」
私は慌てて雑巾を絞り畳を拭いていく。すると上から辛辣な声が聞こえてきた。
「もっと固く絞れなかったの」
「え」
十分絞ったと思ったが、足りないらしい。雑巾を奪い取られ、ほら、まだこんなに水が出る、と、ぽたりと落ちた水をさされながら注意された。私はすみませんと言って頭を下げる。乱暴に渡された雑巾を受け取り水拭きをしていく。
いつこの場を逃げ去るか考えながらこなしていると、再び厳しい声が降り注ぐ。
「もっと早くできないの。今日はまだこの仕事たくさん残ってるからね」
「はい、すみません」
この人は一体何なんだ。さっきの和やかな雰囲気はどこにいったんだと思いながら一部屋拭き終わる。先に掃き掃除を終えていたおばさんはごみをまとめて次に行くよと促した。
そんなことを繰り返し、何故かいちいち文句を言われながら結局拭き掃除を最後まで行った。機会が見つけられず、うだうだしてしまった。
誰か人にこんなに水拭きのことだけで嫌味や文句を言われたのは初めてで、途中で本気で泣きたくなった。
密書のある部屋はこの城の主のお気に入りの骨董品がところせましと並べられている部屋にあるらしい。
気を取り直してその部屋まで誰にも見つからないように忍び込む。特別厳重に守られている訳ではなく、簡単に忍び込めた。
襖を開けて中を見ると、埃こそたまっているわけではなかったが薄暗く、どこか空気が重かった。
さっと中を見渡してから襖を閉める。
おばさんの話では、一番大きな壷の中に入っているらしい。ぐるりと部屋をゆっくりと見る。壁には掛け軸が並び、棚には大小様々な巻物や壷、使い方がわからない道具が並び、床には何を模したのかわからない置物がたくさん並んでいた。
その部屋の一番奥に、小さい子供くらいなら入るんじゃないかというくらい大きい壷があった。
入念に見るがそれが一番大きな壷らしい。
ゆっくりと近付き中を除きこむが真っ暗で何も見えない。
この中に手を突っ込んで罠があった、じゃあ笑えない。
逃げる準備を整えて、持ってきていた箒の柄を突っ込んでそっとかき回す。確かに何かがある感触を掴む。罠らしきものもある感触はない。
箒を出してそっと腕を中に入れる。肩口まで腕は入る。手で底をなぞるように探れば、かさりとした紙の手触りがする。それを掴み引き出す。年季の入った巻物だった。
密書を懐にしまい、何食わぬ顔でこの部屋を後にする。
あとはこの城から出て、学園に戻ればいい。正面から堂々と出たってばれやしないのだ。
少し足早に進んでいると、後ろから声がかかる。
「あらあなた。お昼は食べたの」
「え?ええ、はい」
それは例のおばさんで、頬が少しだけひきつる。
「ならよかった。ご飯の後片付け手伝ってくれない?他にやることがあるならいいけど、何かあるの?」
「え、えっと」
「どこで誰と何やるの」
「いえ、何をすればいいか探してました。手伝います」
「じゃあこっち」
おばさんはほぼ有無を言わさない態度で私を土間へと案内する。
おばさん曰く、飯炊きの仕事の子が今日は来ていないらしい。
私はその人を恨みながら言われた仕事をこなしていく。
しかしそこは先程と同様、罵詈雑言が私を襲いかかっていた。
なんでこんなにも文句を言われなくちゃいけないのだ。
納得のいかない憤りが胸中に広がる。
早く学園に帰りたい焦燥が頭の半分を占めた頃に抜け出せる機会が訪れた。
私はこの城を後にして帰り道を急いだ。途中で落とし穴にはまったり夕立に降られたりと散々だったが、目的の巻物はきちんとあるし、大丈夫だと言い聞かせる。
シナ先生に報告と巻物を渡しに行く。満身創痍の私を見てシナ先生は少し驚いた顔を見せたが優しくお疲れ様、と言ってくれた。
「ところでその巻物、どう見ても依頼のものだと思うんですけど、内容がおかしくないですか?私間違った巻物持ってきてないですよね?」
何度探しても何度読み返しても巻物は私が持ってきたもので合っているはずなのだが、不安が拭えないのはその内容がただの料理の作り方を書いたものでしかないのだ。
「ええ、合ってるわよ」
「でもそれ、料理の作り方で、密書にはとても見えないです」
「その城の秘伝のレシピらしいわよ。さ、ゆっくり休んで、明日も普通に授業があるんだから遅れちゃだめよ」
私は失礼しましたと言ってシナ先生に背中を向けて自分の部屋に戻る道を辿る。
料理の作り方?そんなくだらないもののために、私は今日、おばさんに罵詈雑言を浴びせかけられ、こき使われ、落とし穴にはまり夕立に降られたと言うのか。
確かに、その秘伝のレシピが城を救うかもしれない。私がわからないだけで何か暗号が隠されているのかもしれない。そもそもくのたまへの依頼だとそんなものなのかもしれない。
だけどこれはあんまりじゃないか。
「あー、しにたい」
疲れきった私の脳内はそんな単語を溢した。そしたらどうだろう。
「名前?!どうしたんだい急に、どうかしたのかい?」
角を調度曲がってきたトイペを持った伊作がトイペを手放して私に寄ってきた。すると廊下の下から塹壕を掘っていたのであろう小平太が飛び出してきた。
「名前!何かあったのか!私がぶっ飛ばしてきてやるから、そんなことを名前の口から吐かせるような奴を教えろ」
「小平太の、言う通りだ。大丈夫か」
後ろから、きっと返却期限がきれた貸し出しカードを持っている長次が言った。
私はこの三人に連れられて六年の長屋に有無を言わさず連行される。
そして私がしにたいと呟いた、という話を仙蔵、文次郎、留三郎にばらされた。
「名前が辛いときは言えといつも言っているだろうが」
と肩を掴まれながら仙蔵に諭され、文次郎はクナイ片手にすごみ、留三郎はどいつだ、なにがあった、話せるか、と献身的に聞いてくる。
小平太は長次と何やらぶっ飛ばしにいく計画をたてており、伊作は死ぬなんて言わないでくれよ、と優しく、でもどこか怒った顔つきで話す。
私はどうしてこんなに彼らに心配されているんだ。しにたいなんて不用意に呟いた自分を呪う。
彼らは確かに事あるごとに世話になったし、いい友達なのだけど、今はもうできるだけそっとしておいて欲しい。
「大丈夫だよ、なんでもないから」
私が本当に、心の底から大丈夫なのだと言うと、6人は顔を見合わせて何やら頷き合った。
「名前はそう言ってすぐに無理するだろうが、ばかたれ」
「お前の遠慮深さは美徳でもあるが欠点でもあるな」
「心配ぐらい、させてくれ」
「名前が死にたいなんてよっぽどだっだんだろ!私たちに任せろ!」
「大丈夫だ、俺たちが絶対なんとかしてやるから」
「無理して溜め込むなんてダメだよ。言いづらいかもしれないけど話してくれないかい」
彼らの献身的優しさにため息をつきそうになるがそれを飲み込む。ああ、どうしてこうなったんだろうか。
わずらわしい
end
長いうえにつまらなくてびっくりした。
ごめんなさい。
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