変装の天才である鉢屋三郎に今私は驚かされている最中だ。背の高い私が目の前に突然現れたのだ。
小さく息を飲む私に、目の前にいる私は微笑んだ。
「どうだ?結構上手く出来ているだろう」
鉢屋の声に私は脱力する。
「何で私の姿なの」
鉢屋は顔だけではなく、ご丁寧に今の私と全く同じ私服まで用意していた。
「名前を驚かせようと思ったのさ」
「じゃあ充分驚いたからいつもの不破の姿に戻りなよ」
溜め息と共に私が言うと、私の姿をしたまま彼は悪戯っぽく笑った。私ってこんな顔になるんだ、と頭の隅で思う。
「嫌だ。今日はこれでお前と一緒にいるんだ」
「はい?」
「だから、今日私は名前と名前の姿でいるんだ」
「…いやいや、いるんだって言われてもさ、この休みの日に何が悲しくて見たくもない自分の姿をした人といなくちゃいけないの」
「いいじゃないか。どうせ予定もないのだろう」
にこやかに言われて、ああ、私はこんな顔で毒づいているんだと、反省すると共にかなりへこむ。
「予定ならあります」
「でも一人だろう」
「うるさいな」
「正直者ですまないな」
「謝る気ないでしょ」
私は鉢屋を睨みながら溜め息をつく。見れば見るほど、鏡を見ているようなのだ。ちょっとした仕草や、言葉の微妙な訛りもそっくりだ。鉢屋の変装の凄いところはそこだ。私は多分絶対に、本気を出した鉢屋の不破の変装は見破れないだろうと思う。
「ところで今から何処へ行くところだったんだ」
鉢屋の言葉に、私は予定を思い出す。
「かんざしを買いに行こうと思ったの」
「なるほどな。そういう事なら私も行こう」
「え、それで?」
「当然だろう」
「えー」
隣に同じ顔で同じ格好の人を連れて歩くのは目立ちそうで気が引けた。
声には出さなかったがそれは伝わったのだろう。鉢屋は自信満々の表情で笑いかけた。
「大丈夫だ。双子に見える」
「身長も声も違うのに?」
「私の方が名前より良いものを食べていたんだ。それに私は今日風邪をひいている」
てこでもついてくる気の鉢屋に私は諦めて学園の門をくぐる。
隣を歩く鉢屋は楽しそうに笑いながら他愛もない話を続ける。
それはとても楽しくて、憂鬱だった気分が少しだけ晴れていく。
街まで降りてきてかんざしが売っている小物屋さんに入る。
あまりぱっとしたものがない。
「別の店の方がいいんじゃないのか?」
目ぼしい物が一つもなく、手をつけることもしない私に鉢屋が見かねて声をかけてくる。
確かに次の街まで行けばかんざしの専門店がある。
「でもあそこは高いから」
「確かにな」
鉢屋も頷いて、手近にあるかんざしを適当に手にしては置いていくのを繰り返している。
本来なら私もそのかんざしの専門店まで行くつもりだった。
「お金なら私が貸してやろう」
鉢屋の優しい声音に私は首を横に振る。
高いとは言ったがお金なら十分にある。これは言い訳にすぎない。本当は私もそのお店のかんざしが欲しかった。でもそこには行けない。
「そっちは、今クラスの子が行ってるから行きたくない」
「何故?」
「私は皆に誘われてないから」
私も可愛いかんざしが欲しかった。だけど一人で行くのはとても惨めで、私はきっとそれには耐えられない。
誘われなかったのは何故か、「もう名前ちゃんはかんざし買ってたよね」、と言われて、意味がわからないながらも訂正することができず、多分タイミングが合わなかっただけで深い意味はないはずだと言い聞かせてはいた。けど、それでも、嫌なのだ。
「ならもう今日でなくてもいいじゃないか」
「だけど明日授業で使うの」
ようやく晴れた気分もまたどんどん塞ぎこんでいく。今の私はきっと情けない顔をしているに違いない。
「そうか。なら少し気晴らしに問題でも出してやろう」
「何それ」
「まあ聞いてくれ。私と名前とでは違うところが一つある。それはどこだ」
鉢屋は私の顔をしながら鉢屋の表情で笑った。
鉢屋の変装はいつも完璧で、違うところ何てあるだろうか。まじまじと見れば見るほど、それは精巧にできている。薄くした化粧が微妙に違う、とか、紅の発色とか言われたらもうわからない。
私は降参して首を横に振る。
「わからないや」
私が言うと鉢屋はゆっくりと首だけ後ろに向けて見せる。
「髪型が違うだろう」
「あー、本当だ、気付かなかった」
私は髪を後ろで一つに束ねているだけだが、鉢屋の髪は"つぶし"だ。
「斎藤にやってもらったんだ」
「なんでつぶしにしたの?」
髪型を変えた理由が解らずに訪ねると、手を後ろに回し、つぶしからかんざしをしゃらりと抜き出した。
「今日はこれをあげたかったんだ」
綺麗な音をたてるかんざしは、鉢屋の手の中で光を反射して輝いている。
「綺麗」
私はそれ以上の言葉が見つからず、ただただ見詰める。
「もらってくれるだろう」
「いいの?こんなに素敵なもの」
「勿論さ。その為に名前の変装をしてまで買いに行ったのだからな。とても似合うよ」
鉢屋の言葉に私は泣きそうになる。
「ありがとう」
わたしがそっとかんざしを受け取る。すると奥から大きな咳払いが聞こえてくる。
「ひやかしならよそでやっとくれ」
私と鉢屋はその言葉に慌ててお店を後にする。
二人で笑いながら帰路に着く。
「そういえばいつ買ったの?」
かんざしを見なが聞くと、鉢屋は一昨日だな、と答えた。そこで私はある事実に気付く。
「くのたまに会わなかった?」
「会ったな。名前だと信じてくれたようで、話しかけられた。大丈夫さ。うまいこと切り抜けたから」
鉢屋の悪びれない態度に私は思わず声を大きくした。
「お前のせいで私は誘われなくて悲しんだのか!!」
「すまないな」
「謝る気ないでしょ!」
私は鉢屋の腕に拳をぶつけた。鉢屋は楽しそうに笑っている。
私はどうやら鉢屋に甘いらしい。彼をもう許している。だけど少し悔しいから、許したのはもらったかんざしに免じて、ということにしておく。
素直じゃない
(どうしても君の悲しそうな顔や嬉しそうな顔が見たかった)
end
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