「泣いても良いんだよ」
そう言って私の頭を撫でた皆が泣きそうだったこと、ちゃんと覚えているよ。誰よりも優しかった皆は、私の気持ちをいつも察してくれていた。
後悔はただ一度きり。皆も、私も、もう、泣いてもいいのに、泣けずにいるのはなんでだろう。
「まさかこの私が抜け忍になるとはな」
仙蔵が自嘲気味に笑いながら言った。
学園を卒業して、私達はばらばらの未来を歩んだ。自らの死も受け入れていた筈だったのに、敵として私達七人は再び出会ってしまった。奇跡か、皮肉か、私にはわからないけれど、皆変わらずにいたらしい。
「それは俺のセリフだ、ばかたれ」
「ギンギンに忍者してたもんね」
文次郎の言葉に、伊作が同意する。
私達は忍術学園で、仲間との絆を教わりすぎた。プロとしてのプライドも尊厳も、これからの未来でさえかなぐり捨てて、私達七人は逃げ出した。
「いさっくんが殺しをしてるとは思わなかったぞ」
「お前こそいけどんはどこに行ったんだ」
小平太の言葉に伊作は否定も肯定もせずにただ笑った。留三郎は小平太につっこみ、小平太もやはりただ笑うだけだ。
抜け忍とは、すなわち死を意味する。けれど出会ってしまった私達は見て見ぬふりをすることも、殺すことも出来ず、その場での死よりも、ほんの少し先のばしにされただけの生にしがみついた。戦が終われば、私達が抜け出したのがばれるだろうか。運よく死んだと思われるだろうか。
考えるよりも先に足は遠く遠くへと焦燥と共に駆け抜ける。
「皆、無事でよかった」
長次の声に皆黙って頷きあった。それぞれがそれぞれに七人という状況を懐かしんだ。
「名前がこの戦にいるとは思わなかったけどね」
伊作が私を見て笑った。
「私はくの一には向いてなかったの。だから戦忍びになったの」
そう返せば、小平太がすかさず口を挟む。
「だからくの一になるなってあれほど言っただろう」
「うん。実感したよ」
卒業する前から皆にくの一にはなるなと言われ続けていた。今なら私自身よりも、皆の方が正しかったのだと解る。
私達は言葉を交わしながら走り続ける。息はあがり、極度の緊張の中、鼓膜の奥に流れる血流と心臓の音が、研ぎ澄まされた五感に響く。だけど今は皆と一緒にいられることが幸せであり、一秒でも長く七人でいたかった。
追ってはいないようで、ほんの少しの安堵と疲労をため息と共に吐き出す。
「どこかで休むか」
仙蔵の案に、誰一人として頷く者はいなかった。
「怖いんだ」
長次の言葉に伊作が苦笑を漏らす。
「僕もだよ」
だからこそ逃げるんだ。そう付け足した伊作の肩に、留三郎と文次郎の手が乗る。
卒業して、驚く程に強くなった。体力も考えていた以上についた。だけれど毎日の充足には卒業前の1割にだって満たない。
生きるために忍びになったのか、死ぬためにしのびになったのかわかったものじゃない。
「このままどこまで行くつもりだ」
文次郎が口を開いた。
「わからん」
「どこに向かっている」
「わからん」
「いつまでこの状態だ」
「わからん」
仙蔵との問答に、文次郎がため息をつく。
「俺は抜け忍になったことを間違いだと思わん。しかしこのままでは気が滅入りそうだ」
「あの地獄の会計委員会のセリフかよ」
「うるせえ、ばかたれ。お前も闘う用具委員会の名が聞いて呆れるな。へばってるんじゃないのか」
「そんなわけないだろう。まあいい。後悔はしてないんだろ」
「ああ」
「私もだぞ」
「僕も」
「もそ」
「私もだ」
皆の瞳に生気が宿る。私も大きく頷く。
後悔ならしていない。皆と一緒に生きてくと決めた。
けれど走る事を止めない足は限界に近い。私はまともに喋れないほどに息もあがっている。しかし止まってしまうのが怖かった。
深い森の中、今が朝か夜かもわからない。
「大丈夫?」
「大丈夫か」
伊作と長次が私の両脇に来て、今にも崩れ落ちそうな体をさりげなく支えてくれる。私はただ頷くことしかできない。
「一度息を深く吸って長く吐き出して。過呼吸になりかけてる」
伊作に言われた通りに息をする。
私は忍びになりたかった。
だけどこんなに辛いだなんて、分かりたくもなかった。もう一度皆で会える日が来るなんて、思ってもみなかった。
逃げ出した世界は一生、元には戻らない。ならせめて辛かった日々を取り戻せるように、一瞬の幸せがほしい。
「ねえ、聞いて、私ね、今、皆と会えて、話せて、幸せ」
ふらつく視界。途切れ途切れに皆の声が聞こえる。
「私もだ。これからどうなろうと知ったことではない皆と一緒なら大丈夫だろう」
「あったり前だろ!私がついてるんだから、幸せじゃないわけがない!」
「学園に、戻ろう」
「おー、それもいいなあ」
「ギンギンに行くぞ」
「大丈夫。だからもう、泣いても良いんだよ」
ぐらつく視界、呼吸、早い心臓、それら全て、ああ、もう、私は泣いても良いんだ。
I escape forever
暗くなっていく視界の隅で、遠くなっていく皆の声が、私を心配している。
私は、どこまで、皆と一緒にいられるだろう。
end
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